小杉山城跡(京都府京丹後市)
城跡は京丹後市大宮町周枳にあって、既にリポート掲載を終えた周枳城から見れば、北東側の山深き地に更に移動した丘陵上にある。当時の城主としては田中助八が挙がってはいるが、城史に関しての詳細は不明でもある。
城跡を訪れるには、周枳城を既に訪れた方ならその位置関係はルート図を見れば把握し易いものとは思われるが、周枳城傍にある「大宮売神社」を起点とすれば、周枳城進入路とした東側の道路をそのまま東に向いて車を走らせればよい。後はルート図あるいは概念図でお分かり頂けるとは思うが、当然登山道はないので先端尾根からの直登は余儀なくされる。二箇所の比較的分かり易い取り付き口を概念図には記したが、藪漕ぎのほとんどない最短ルートは、ルート図に示した山道(林道)を更に奥に入った、城跡から見れば南東側の先端尾根で、山道から直接取り付けば主郭までは10分程度あれば到達可能な筈である。個人的には南端尾根から取り付いたが、このルートは僅かに踏み跡は残るが、倒木や低草木が相当蔓延り、藪漕ぎ移動が余儀なくされた事から、これから臨まれる方には下山時に利用した前者のルートをお薦めしたいのである。
現状城跡は、この時期(10月)に無名に近い山城を訪ねるにあたっては仕方が無い事なのだが、見学においては中々厳しい状態にあり、結果的には小規模な城跡にも拘らず、全体像を把握するには木々に視界が遮られて困難を極めた事から、山上郭群の形態も残された遺構も概念図に示した限りではないものと思って頂きたい。取り合えず目に留まった分かり易い遺構だけは概念図に記したが、主郭背後の堀切(見応えのある薬研堀にあらず)、あるいは主郭の切岸跡程度で、風化中で郭切岸が曖昧な中にあっては、僅かに西段郭群の境が見止められる程度と思って頂ければ良いだろう。直登道中の南側尾根上には幾つかの削平地もあったが、当然歩いて体感する程度で終わり、蔓延る草木に遮られて見通しも利かず、佇む事も出来ない状況にあるのが現状でもある。
城跡を個人的に評価すれば、見応えのある遺構は皆無、それでも人の手が入らず、自然に任せたまま数百年に渡って時を刻んだ城跡遺構は、史跡としての価値が下がるものとは決して思われないので、この訪問記事に興味を持たれた山城ファンの方にだけ、所在地の確認、あるいは訪問するまでのアクセス方法だけ分かって頂ければ、取り合えず価値のあるリポートになったものと思いたいのである。冬季訪問ともなれば多少状況も変わるものとは思われるので、僅かにそれに期待したい処だが、、、
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