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2010年10月24日 (日)

畝状空堀の残る山城 久住別城跡(京都府京丹後市)

この城跡は京都府京丹後市大宮町久住にあって、同じ久住地区にある菊井氏が居城した久住城跡(木積山城)は過去既にリポート掲載したが、ルート図を見れば直ぐにお分かり頂ける様に、この山城から見れば真南側の丘陵先端部に位置している。久住城跡と区別する為に一応「別城」とした城跡呼称にはなっているが、本来は城主の名乗り(地区名と同一)が城跡名になっていたものと考えられる、もちろん出城とも考えられようが、、、。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには久住城跡と同様に、「天橋立」を目指した国道178号経由で、男山から府道53号へ進路変更するルートが一番分かり易いだろう。直登取り付き口には目印となるものが見当たらないので説明し難いが、現地に到着すれば府道沿いにある物置小屋(画像に注目)を目印として林道沿いを東へ歩き、草木の少ない取り付き易い箇所から、左手斜面に取り付いて上れば、5分内で山上の堀切までは達する事が可能となっている。

1route 登城ルート

5 城跡進入路

3ku 城跡概念図

この城跡はタイトルに「畝状空堀が残る城跡」と載せた様に、「畝状空堀の見学こそが、この山城の醍醐味でもあり魅力の全て」と言い切れそうには思えた。もちろん他の主郭東尾根を断つ堀切、北斜面に備わる堀切(縦堀に繋がる)も見逃せないものではあるが、やはり縄張りの特徴となるのは畝状空堀であり、この城跡を見学する上での圧倒的存在感にも繋がっている。当然、空堀(縦堀)自体は長年の風雪による地表風化によって深さは随分失われ、更に付随する縦土塁も土は随分流出したものとも窺われたが、主郭南斜面上にはおよそ十に渡って判別し易く現存している。現状では下草に相当覆われているので、その縦堀が下まで落ち込む全体像までは把握し難いが、コブ状の土塁地形が連続する様(画像に注目)は、山城ファンの方なら誰でも直ぐ判別可能な状況にあると言っても良いだろう。

11_horikiri_1 東堀切見所

22_unebori_4 南斜面上の畝堀見所

14_shukaku_nisi_gedan 主郭東下段

13_shukaku 主郭の現状

18_horikiri 北堀切見所

現状(十月)、郭内部においては移動に余り支障は来たさないものの、その全てが蔓延る下草で覆われており、確かな形態、あるいは確かな郭形状までは分からない状態にある。郭形状は一部推察も含めたものになるが、ほぼ概念図に近いものと思って頂ければ良いだろう。主郭内部や北斜面に残された遺構もこの限りではないものとは思えるのだが、コンパクトにまとまった小規模な山城という現実もあって、他で多くの遺構は望めない様には感じられた。

城跡を個人的に評価すれば、状態は決して良いとは言えないが、圧倒的お手軽感を含めなくとも、この幅数十mに渡る畝堀の醍醐味だけで、充分訪問をお薦め出来る城跡と目には映った。冬枯れ後の冬季訪問こそが、郭内部を含めて更に状態の良い畝堀を拝めるものと見たが、、、、

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