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2010年10月14日 (木)

岩屋谷城/フタタ城跡(兵庫県朝来市)

この山城に関しては、既にリポート掲載を終えた東河城砦群の中の「小川城跡」の記事中では南東出城、あるいは「判明した城跡呼称2」の中ではフタタ城として紹介したが、このフタタ城から更に東側へ繋がる山上にも、城跡遺構が存在する事は個人的には既に分かっていた。この山城が今回訪問した上で現況報告する事になった岩屋谷城でもあるが、城跡の所在地は兵庫県朝来市和田山町宮岩屋谷にあって、標高211mの山頂に位置している。城史に関しては不明であるが、黒田城(本城)を中心とした東河城砦群の一角を占める城跡とみてまず間違いは無いものとは思える。ただ岩屋谷城から見ればフタタ城と尾根を共有している事からも、この二城の城跡呼称は違うが、概念図にも示した様に本来は岩屋谷城を山上郭とした、一つの山城として見て良いものとは思われる。

1 登城ルート

5 城跡進入口

2 3 城跡概念図

9_kofun_2ki_kaku 土塁として転用された?古墳

11_shukaku_1 山上主郭

13_minami_kaku 山上南郭

18_karabori 鞍部の土塁壇、空堀見所

岩屋谷城跡を訪れるには、小川城の記事中で触れてあるのでここでは割愛させて頂くが、ルート図の如く赤線を辿れば、難なく城跡進入口傍に建つ社殿までは辿り着けるとは思われる。付近に小型車二台程度の駐車スペースはあるが、ここをスタート地点として西尾根上に向いて歩けば、自ずと岩屋谷山上郭を経由した上で、更にフタタ城まで足を延ばせる計算にはなる。この城跡はほぼ自然地形任せに長く続く尾根上、あるいは山上を削平しただけに終わるものであり、山上郭群はほぼ三郭で形成されてはいるが、物見程度の規模と思って頂ければ良いだろう。山上主郭に到達するまでには三基の古墳を仕切り土塁(櫓台かも)として活用した形跡の残る尾根上削平地、更にフタタ城の城域になるのかも知れないが、鞍部に三連の土塁壇は窺われる。こちらは古墳に見えなかったので、明らかに但馬地方特有の築城形態でもある土塁壇として良いものとは思われるが、、、謎?

20_horikiri_ato僅かに 堀切跡

21_tatebori_ato 縦堀跡

25_shukaku_nisi_heki フタタ城主郭切岸

27_nisi_dankaku_1 フタタ城段郭群

28_heki 西端郭と切岸

今回紹介した岩屋谷城の方には見応えのある遺構は存在しなかったが、再訪となったフタタ城の方では、今回鞍部から主郭に至る尾根の境で、下草に埋もれて判別し難いが堀切跡、あるいはその両岸に明確な縦堀跡だけは窺えた。主郭から更に西側へ続く緩い斜面上は相当風化が進んでおり、段差程度で切岸が曖昧な削平地が40mに渡って連なっているが、更に西側斜面上では明確に切岸跡の窺える郭跡が五郭判別可能となっている。このフタタ城に関しては、前回の訪問では時間に余裕が無かった事からあっさりと見学を終えたが、今回は堀切から縦堀に繋がる地形が一箇所だけでも目に留まったのは唯一の収穫ではあった。この二城は一城として全体踏破するのであれば、何とか満足感の得られる訪城となる様な気はするのであるが、東河城砦群の山城巡りの一環とすれば、更に充実した山城巡りが楽しめるのではないだろうか。

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