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2010年10月 4日 (月)

大江口城跡(京都府与謝郡)

城跡は京都府与謝郡与謝野町石川大江口にあって、訪問における目印となる「物部神社」の建つ丘陵から見れば、ほぼ独立した形の西丘陵上に位置している。城史に関しての詳細は不明

この城跡も既にリポート掲載を終えた石川城、山田城を起点とすれば、その位置関係は把握し易いとは思われるが、国道176号で与謝野町に入れば、ルート図の如くGSのある信号より野田川駅に向かう反対側の道路へ針路変更、そのまま赤ラインを辿れば迷わず物部神社駐車場までは辿り着けるだろう。後は概念図を参考にして主郭を目指せば、二箇所の進入口のどちらから上っても5分内で主郭までは到達可能となっている。

1_1 登城ルート

4 城跡進入ルート

6_higasi_nobori_guti 最短ルート

1 城跡概念図

現状城跡は、この時期(八月)における訪問であった事からも、木々の多く蔓延る主郭も含めて見通しは余り利かず、自ずとその全体像は掴み難い状況にある。特に主郭の三方斜面上は地表も見えないほど低草木が蔓延っており、外見から遺構を判断する事は非常に難しい状態にあった。取り合えず自身が踏破した範囲内で判別確認に及んだ遺構群は概念図中には示したが、冬季訪問ともなれば更に踏破可能な範囲も広がるものと思って頂ければ良いだろう。(遺構も決してこれだけには終わらないだろう、、)

13_gedankaku_heki 郭切岸

17_shukaku_heki_1 高低差のない主郭切岸

20_kita_monomi 北郭

この城跡は連郭式山城の多い与謝野町にあっては、他と形態を少し異にするものであり、、ほぼ独立した低丘陵上の最高所に主郭は位置するが、主郭三方を防備する形で帯郭群が無数(外見からの推察も含める)に重なりあっている。縄張りの形態上堀切の類は見受けられなかったが、屹立する郭切岸は未だ健在、現在集合墓地となっている西側の規模の大きい削平地も、当時の郭跡地(二の丸)の転用とすれば、城域は100mには軽く達するものであり、砦の域は充分出ている様には感じられた。

城跡を個人的に評価すれば、神社駐車場からは直ぐの距離にある圧倒的お手軽感、状態は良いとは言えないが遺構残存度の高さ、形態のユニークさを考慮すれば、何とかお薦め出来る城跡と言えるかも知れない。ただ訪れるのであれば、なるだけ夏季訪問は避けた方が良いものとは思われる。

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