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2010年10月 6日 (水)

岩屋倉谷城跡(京都府与謝郡)

城跡は京都府与謝郡与謝野町岩屋にあって、家屋の密集する岩屋集落の西側に位置する丘陵先端部にある。ルート図から既にリポート掲載を終えた、広田城を起点とすれば位置関係は分かり易いとは思われるが、幾地城の南側を走る2号線より、岩屋上」バス停を目印として向かえば、そこから道路沿いを西側に少し歩いた入山口までは、難なく辿り着けるとは思われる。車はバス停付近の空きスペースを借りて、自己責任において停めればまず問題はないだろう。

入山口とした農作業用の畦道(画像に注目)を北に向いてしばらく歩けば、新設された様な山道と合流可能でもあり、その道から地形図を目安にして、城跡の位置する丘陵先端部を確認後、画像及び概念図に示した付近から踏み跡程度の山道を上れば、迷わず山上主郭には到達可能である。(県道沿いの入山口より主郭までは10分程度)この山城も郷土史に載る程度の山城と聞いていたので、城史に関しての詳細は不明。

1_1_2 登城ルート

5 進入畦道

6 上り口

1_2_2 城跡概念図

城跡は訪れた時期(八月)は悪いが、現状見学に差し障るまでには至っておらず、山上に至るまでの遺構は、ほぼ判別確認可能な状態にある。その形態としては、直線状の尾根をそのまま地形に任せて削平し築かれたものであり、登山道中における東斜面に切岸跡の窺える狭小二段郭は設けられてはいるが、山上郭群に関してはほぼ単郭で形成されるものであり、その全長は50mにも満たない小規模なものとなっている。縄張りの中で目に留まった城跡遺構は、主郭西背後に設けられた土塁、その背後尾根を断つ堀切、主郭へ辿り着く手前で目に留まった、両岸が空堀状に削り落とされた土橋地形は挙げられるが、主郭外壁に鋭角な切岸跡は見受けられなかった。砦規模の城跡である事を考えれば、現状多くの遺構は望めないが、地元の方だけに認知された程度の、情報も皆無に近い山城としてみれば、自然風化に任せたままとは言え、山上に残る主郭跡のフラットに近い空間、土塁、堀切と、見学者の期待には中々応えてくれそうには思われた。

11_nobori_dobasi 上り土橋地形見所

9_higasi_2dankaku 東二段郭壁

14_shukaku_2 主郭内の現状

16_horikiri_1 堀切見所

19_nisi_yorihorikiri 西より主郭の土塁見所

この山城は城跡に関連した文献資料の類には一切顔を覗かせないでいるが、個人的には是非その存在を山城ファンの方には知って頂きたい事もあって、今回訪れる際の起点とした広田城と併せた同日訪問は何とかお薦めしたいのである(個人的には後でこの山城の事を聞くに及んだ事もあって、二城同日訪問は叶わなかったが、、、 )。 ちなみに既にリポート掲載を終えた幾地城とは三城共にほど近い距離にある事からも、これから訪問する用意のある方には、三城併せた山城巡りは充分考えられよう。

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