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2010年9月30日 (木)

金屋比丘尼城跡(京都府与謝郡)

城跡は京都府与謝郡与謝野町金屋にあって、小倉山と呼ばれる低山山上に位置している。城史に関しての情報は皆無に近いが、一色氏傘下にあった城跡と見てまず間違いのない処ではあろう(推察)。

城跡を訪れるには、与謝野町に入る際に必ず通過する事になる、国道176号沿いにある道の駅「シルクの町かや」を目印とすれば分かり易いだろう。城跡進入口へはルート図の如く「道の駅」角にある信号から東進して向かっても良いし、そのまま国道の北側の道を右折して東進して向かっても良い。進入口となるのは数軒建ち並ぶ民家横からの畦道(画像に注目)で、民家付近には充分な路駐スペースもあるので駐車に困る事は無いとは思われる。ここから城跡は直ぐ視界に入るが、その北丘陵上(北郭群)には鉄塔が立っているので、主郭の方角(右手)は察しが付き易いとは思われる。後は概念図を参考にして城跡を目指せば、木々は多いが藪漕ぎ箇所も無く10分程度で山上主郭には辿り着ける筈である。

1_1 登城ルート

6 進入路

1_2 城跡概念図

現状城跡は、この時期(八月)の訪問でありながらも、郭移動に差し障る状態までは至っておらず、遺構自体の風化は相当進んではいるが、概念図に示したまでが踏破した範囲で判別確認出来た遺構群と思って頂ければ良いだろう。形態としては低山最高所に位置する主郭から、北側の山裾に向いて郭が展開されるもので、地形に任せて尾根上を削平しただけに終わっており、縄張り妙味は余り感じられないものとなっている。堀切は四箇所で確認する事が出来たが、明確なものは主郭東側の一箇所のみで、残り三箇所の堀切は両サイドの縦堀地形と僅かな掘削跡で、何とかそれと分かる程度と思って頂ければ良いだろう。余り高低差の無い段郭間には、充分切岸跡も窺えて眼は楽しませてくれるものの、その郭外壁は長年の風化によるものとも思われるが、現状相当甘いものとなっている。しかし城域は意外に広いものであり、主郭から北端郭に至るまでは200m近くはありそうに感じられた(更に北側の枝尾根は未踏)。

9_shukaku_1 主郭

10_shukaku_higasi_horikiri 東堀切見所

12_dankaku_kirikisi_2 主郭北段郭切岸見所

17_kita_dankaku_gun_1 北段郭群

16_kita_dankaku_heki 北郭群の切岸

21_tatehori 北端の堀切見所

23_minami_horikiri 主郭南の堀切地形

城跡を個人的に評価すれば、これと言った見応えのある遺構も少なく、インパクトの感じられる堀切も備わってはいないので、決して是非お薦めの城跡とは言えないが、ほぼ風化に任せたまま現在に至ったものと見受けられた、遺構群の残存度は非常に高いものであり、今までのリポート掲載を終えた町内における数多い山城と併せた同日訪問なら、何とか充実した山城巡りとなるのではないだろうか。

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