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2010年9月24日 (金)

松梨城跡(京都府綾部市)

城跡は京都府綾部市下八田町松梨にあって、文献などによってはその形態から館城(居館跡)として認識されている様であるが、訪問結果から先に述べれば、大空堀とそれに付随する大土塁、あるいは高い切岸で主郭を孤立させた佇まいは、伊賀地方で多く見受けられる館城を連想させるものであり、正しくそれに近いものとは感じられた。ただ当時誰の手によって築かれたものなのかは、現状城史に関しての情報は皆無に近く、館城でありながらこの城域の広さ、あるいはこの一帯が当時大槻氏の支配に及んだ範囲である事を考慮すれば、自ずと一族の拠った館城、あるいはその家臣の居館跡と考えれば良いのかも知れない、、、。 尚、西側の山上に向かう斜面には、かつてここが大槻氏の居住空間であったかの様に(推察)、家紋入りの墓石が単独で立並ぶ墓地が目に留まったので、取り合えずまだ未訪の方の参考までに、、、

城跡を京阪神側から訪れるには、国道27号を利用して綾部に入れば良いが、ルート図の如く「下八田陸橋」の手前の信号で右折して、下八田陸橋を通過して進入口を目指せばよい。陸橋を数十mも過ぎれば、道路沿いからそれらしい土塁と空堀は直ぐ目に留まる(画像に注目)筈であり、ここから城跡へ進入する事になるが、更に奥まで続く大空堀で遮られた大土塁壁が、見るものを必ず圧倒に導いてくれるはずである。

1 登城ルート

4 進入ルート

7_nyuuzanguti 進入口3 城跡概念図

現状(九月)主郭を始めとした城域の全てが雑木藪地あるいは竹林地となっているので、全体の見通しも利き難く、荒れ放題と化した郭跡は風化あるいは倒竹などによって非常に歩き辛く、とても見学し易い城跡とは言えないが、唯一最大の見所でもある大土塁や、それに付随する大空堀は、外見からほぼ全体像を窺う事が出来る状況(画像に注目)にあるので、高低差のある土塁及び幅のある空堀の醍醐味は、充分堪能する事が出来るものとは思われる。見所遺構は数少ないが、他では主郭下段に位置する広大な郭跡の片隅には古そうな石組み井戸を窺う事が出来た。これは当時の郭跡地が屋敷として近年まで使用された結果、当時掘られた井戸もそのままの状態で現在に至ったものとも考えられるが、発掘調査の結果を知らないので当然謎のまま終わりそうである。

10_daikarabori 10_daikarabori_4 大空堀と土塁見所

14_shukaku 主郭と土塁内壁

17_2maru 二の丸の現状

19_isigumi_ido 石組み井戸

20_nisi_kaku 西郭群の現状

現状城跡の東側は、近年の道路造成工事によって遺構も随分消失したものと察せられたが、道路沿いからも直ぐに拝める土塁、空堀には充分見応えは感じられたので、過去紹介した綾部地方の山城と併せた山城巡りとするのであれば、その移動中に少し立ち寄って覗いても、決して無駄には終わらないものと感じられたのである。

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