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2010年9月 5日 (日)

神原城跡(兵庫県豊岡市)

この山城は兵庫県豊岡市竹野町森本にあって、神原集落の南西背後に聳える山の東尾根先端部に位置しているが、この森本地区には他に市場城、あるいは森本城が現存していると聞いた。現状では他の二城はまだ場所の特定には漕ぎ着けていないものの、今回の訪問でおよその見当を付けることは出来た。しかし今回は時間の関係もあって他の二城までは踏破する余裕がなかったが、この三城の中では一番規模が大きく(推察)、地形の上から考えても一番重要視された城跡であろうと思われた事から、まずこの山城が森本地区における最初の攻略城となった訳ではある。城史に関しての詳細は不明

1route 登城ルート

5 路駐箇所より城跡遠望

城跡を訪れるには、まず豊岡市内を通過した後に国道178号へ進入する事が先決、このルートでの訪城は以前伊賀谷城を紹介した事があったが、そのまま道路に任せれば鳥取まで向かえるルートでもある。国道178号が通過する江野トンネルを抜ければ、ルート図の如く左手側の側道より県道1号へ進路変更すればよい。後は道路沿いから確認可能な「山中神社」社殿を目印として目指せば、迷わず路駐箇所(画像に注目)までは辿り着けるだろう。ここから歩いて神社まで向かい、その背後から山道を利用して上れば、10分足らずで山上主郭までは辿り着けるとは思われる。3k

城跡概念図

9_horikiri_dorui_1 北端堀切、土塁見所

12_fuku_yori_shukaku 本郭部

13_fukukaku 副郭より南削平地

15_horikiri_dobasi_3 土橋付き堀切見所

21_kita_shamen_horikiri_dorui 北斜面の堀切見所

城跡の形態としては、ほぼ主要二郭で形成されたものであり、この二郭の全長は20m程度の非常に小規模な砦規模の城跡と言えば、まだ未訪の方にとっては分かり易いかも知れない。ただ三方の尾根に縦堀を伴う堀切、あるいは郭切岸跡が物語る様に、決して安普請で築かれた山城の様には見受けられなかった。見所を一箇所だけ挙げれば、本郭部背後を断つ土橋を付随させた堀切(画像に注目)、と言う事にはなろうが、この土橋は残存状態も良く空堀部分の片側に備わっており、その両サイドは縦堀として刻まれているので、非常に見応えは感じられた。城跡全体を見る限り山上郭は詰城、あるいは物見としての機能を持ち合わせたものと眼には映ったのだが、そうなれば北麓の台地状になった神原集落辺りが、当時の居住空間であったとも思えるのである。森本城が対岸に位置する尾根先端部にある事から察すれば、自ずとそれに挟まれた形で街道があったとも思われ、地形を城跡側から見渡せばより一層遺構見学も楽しめそうな気はするのである。

この時期でも(八月)概念図に示した遺構群は、全て判別確認可能とも言えるとてもよい状態にあるので、四季を問わず納得した見学が可能とも感じられたが、規模の大小さえ拘らなければ、楚々とした山城は充分堪能出来るものとは感じられた。山城ファンはもちろんの事、お手軽感からも城跡(史跡)ファンにもお薦め出来る山城の一つである。

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