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2010年8月 5日 (木)

京川城跡(兵庫県豊岡市)

この山城に関しては、既にリポート掲載を終えた沢田城跡の記事中で、沢田城から見れば集落を挟んだ西側の丘陵端を自身が踏破した上で、この小谷地区にあるとされる京川城の城跡遺構かもしれない、としてルート図中に記したとは思うが、今回はその確証を得る為に再びこの地を訪れるに及んだ。前回隣接する沢田城訪問時には、地元の方と接触する事が出来なかったので、城跡としての確証も、京川城の所在地も明確にする事が出来ずに終わってしまったが、今回は山上本郭群の所在地及び僅かではあるが、城史に関しての情報を地元で得る事が出来たのでお知らせしたい。

城跡は豊岡市但東町奥小谷にあって、城跡へ訪れるには沢田城あるいは出合城と同様の訪問ルートでもある、国道426号を利用して向かえばよいが、山上本郭に上るにはルート図に示した様に、神社背後の尾根から山上に向かうルートと民家の背後から上る二通りのルートが考えられる。今回選択した民家側のルートは、農作地を通過する必要があるので、隣家の方に逢えば必ず声をかける必要はあるが、このルートは藪漕ぎのない前方がひらけた激斜面を上り切れば10分内で山上主郭には到達可能となっている。

1route 登城ルート

6 参考直登進入口

3k 城跡概念図

この城跡は名が語る様に京川氏の居城と伝わっており、直ぐ麓にお住まいの年配の方から直接伺った話しでは、かつて沢田氏の拠る沢田城と抗争があった模様である。恐らく勝敗が一度の戦いで付いたとは思われ難いが、取り合えず京川氏側に軍配が挙がったものと伝承にあるらしい、、、この地区には京川、あるいは沢田を名乗る方が今でも多くお住まいになれていると聞くに及んだが、その末裔にあたる方々なのかも知れない。城跡の位置する場所は「オバガタ」と呼ばれている山にあたる事も判明したので参考までに、、 城跡の形態としては、ほぼ概念図(山上郭群のみ)の通りと思って頂ければよいが、防備として目に留まった遺構は主郭を巡る低土塁だけであり、陣城の如く規模の大きい大味な城跡と言えば、未訪の方には分かり易いとは思われる。ただ先に触れた様に、南西丘陵上先端部には削平地及びそれらしい空堀地形、あるいは土塁地形が目に留まったので、この地も出城として考えれば、自ずと縄張りは更に広いものとも言えるのではないだろうか(推察)。

12_dorui_1 12_dorui_3 主郭を巡る土塁見所

13_dorui_gaiheki 土塁外壁

14_shukaku_1 主郭内部の現状

15_koguti_dorui 土塁虎口跡見所

30_kaku 南西先端郭(推定出城跡)

36_dorui_ato_1 推定出城跡の土塁らしき地形

尚、今回新しく得られた情報として、隣接する沢田城に関しての事になるが、この城跡には既に紹介した丘陵先端郭から更に連続する北東尾根を上った、険峻極まりない山上(標高488m、比高約300m)に、沢田城本郭があるらしい事を聞いたのでお伝えしたい。ただ今回は踏破に及んでいないので実態(削平地のみらしい)ははっきりとは分からないが、本来(文献あるいは公的資料にある)の沢田城が山上郭群だけを指すものなのか、あるいは既に紹介した尾根先端部を指すものなのかは判断が付き難いので、これから山上郭を訪れた方が、遺構を確認した上で判断して頂きたいと思うのである。個人的には当然山上郭と尾根先端部を併せたものが、沢田城の本質である様には感じられるのだが、、、

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