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2010年8月31日 (火)

枝ヶ城跡(京都府与謝郡)

この山城は京都府与謝郡与謝野町明石にあって、既にリポート掲載を終えた石川城から見れば南側にある山塊の最高所にあり、標高215mの山頂に位置している。当時の城主としては刑部氏が挙げられるが、城史に関しての詳細は不明でもある。

城跡を訪れるには、先に触れた石川城を起点とすれば位置は把握し易いが、国道176号を進行して県道16号へ進路変更後、そのまま南下して大宮神社を経由して向かえばよい。神社からはルート図の赤線を辿れば難なく入山口までは到達可能ではあるが、個人的に利用した最短直登ルートは、石材所が所有する作業現場を含めて、林道も通過する事になるので、作業が休みの日(日曜)に限られるが、入山口にある石材所で一旦了解を得て、林道及び作業現場内を通過させて頂く必要がある。入山口から石切作業現場までの所要時間は10分程度、石切作業現場(画像に注目)からは、概念図に示した小さな小屋を目印として、その脇の斜面に取り付いて、谷状地形に沿う形で激斜面を上り切れば、15分後には山上郭群が間違いなく迎えてくれる筈である。

1_1 登城ルート

5 東麓より遠望

7 直登口となる石切現場

1_2 城跡概念図

概念図に示したまでが、自身が踏破した範囲内で判別確認に及んだ遺構と言う事になるが、現状(七月)を考えれば、主郭周りの斜面上を全て踏破した訳ではないので、遺構もこの限りではないものとは思って頂きたい。現状山上本郭群は意外にましな状態(人の手の入らない山城としては)にあり、主郭内部も含めて全体的に低草木が多く蔓延ってはいるが、密生状態までには至っておらず、意外に見通しは利き、郭移動に難渋しなかった事が、無名に近い山城の探索としては唯一の救いでもあった。この山城は縄張りに関しては余り特徴のある城跡ではなく、見所と言える遺構は堀切、横堀、縦堀などの空堀群になるとは思われるが、V字に掘削された薬研堀などの様に、インパクトを感じる堀切は備わってはいない。その中で特に見応えが感じられた空堀(堀切)は、主郭西側に位置する西郭群の郭を遮る二本の堀切で、両者共に土橋を付随しており、一方は縦堀まで繋がる素晴らしい状態の堀切を残してくれている。主郭南側斜面にも二連の堀切を窺う事が出来たが、斜面上という事も手伝って土砂が相当流出しており、現在では非常に浅いものになっている。ただ堀切壁は自然岩を伴うものであり、一応山城らしい風情を残す堀切とは言えるが、、、、。

12_kita_gedan_1 主郭北下段

14_kita_karabori_dorui_1 主郭北、横堀と土塁見所

16_shukaku 主郭の現状

18_nantan_horikiri 南端堀切見所

21_horikiri_dobasi_3 土橋付き堀切1見所

24_seitan_dobasi_horikiri 西端の土橋付き堀切見所

現状、山上郭群の一部は、見る限り主郭から東側斜面が石材採掘の為に削り取られており、空堀(横堀)及び付随する土塁は南斜面の堀切も含めて、いきなり東側が地肌の露出した作業現場となっている。自ずと郭跡も多少ではあろうが消失したものと察せられ、本来の縄張りは見学者の想像にある程度委ねられるものと感じられた。麓から山上までの道程を考えれば、気軽にお薦めの城跡とは言えないのが難点ではあるが、興味を持たれた山城ファンの方に限って言えば、充分楽しませてくれる城跡と言う事にはなろうか。

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