« 但馬 轟城跡(兵庫県豊岡市) | トップページ | 久斗城跡(兵庫県豊岡市) »

2010年8月24日 (火)

轟美久仁城跡(兵庫県豊岡市)

城跡は豊岡市竹野町轟にあって、「中竹野小学校」の南背後の丘陵先端部がそれにあたる。この山城は築城環境から考えても、轟城の北側を抑える出城機能は充分推察可能ではあるが、現状情報は皆無に近く、城史に関しての詳細は不明でもある。

城跡を訪れるには、先にリポート掲載を終えた轟城跡を起点とすれば一目瞭然とは思えるが、轟城からはルート図の赤ラインを辿れば付近までは迷わず到達出来るとは思われる。入山口は中竹野小学校寄りにある道路沿いの開閉フェンス(画像に注目)で、派出所側にも備わっているので、どちらを利用しても良いだろう。ただ開閉フェンスどちらを通過して上っても、この時期(八月)に無名に近い城跡を訪ねるにあたっては、多少の藪漕ぎは覚悟しなければならないとは思われる。10分内で主郭までは到達可能となっている。

1_1_3 登城ルート

4 進入口

1_2_2城跡 概念図

城跡は現状低草木によって覆い尽くされてはいるが、見所となる縦堀に繋がる堀切の状態はまだましでもあり、縦堀に繋がる様(画像に注目)は中々見応えは感じられた。主郭内部は低草木が全域に蔓延り、地表も満足に見えない状況にあるが、堀切に沿う形で土塁は確認出来た。更に主郭南西側には帯郭あるいは空堀とも言えそうな地形を確認する事が出来たが、地表が風化中にある事を思えば、どちらとも言えそうで明確に判断は下せそうな状況にはなかった。ただそれに付随した縦堀は一条確認する事が出来たが、此方の斜面も草木に覆われており、更なる縦堀を眼にするまでには至れなかった。現状主郭の前面(北西先端部)は、明らかに道路造成工事の結果いきなり削り取られた形となっており、本来の規模、あるいは主郭北西先端部の地形は、ほぼ見学者の想像に委ねられるものとも思われた。現状の主郭の規模(目測全長15m前後)から察すれば、余りにも小規模であり、相当工事によって郭跡は消失したものとも思われるのである。

6_horikiri 堀切見所

7_tatehori 縦堀見所

10_shukaku_genjyou 主郭内部の現状

13_nisi_obi 帯郭?

15_tatehori 縦堀2

城跡を個人的に評価すれば、縄張り妙味も余り感じられず、遺構残存度は前述の様に低いものとも思われ(推察)た事から、明確に判別可能な当時の堀切、土塁遺構に興味を抱かれた山城ファンの方には、轟城と併せた訪問で何とかお薦め出来そうには思えたが、この藪に包まれた現状を思えば、一般の城跡ファンの方には中々お薦めとまでは言えないのが本音ではある。

« 但馬 轟城跡(兵庫県豊岡市) | トップページ | 久斗城跡(兵庫県豊岡市) »

兵庫(但馬地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/36118500

この記事へのトラックバック一覧です: 轟美久仁城跡(兵庫県豊岡市):

« 但馬 轟城跡(兵庫県豊岡市) | トップページ | 久斗城跡(兵庫県豊岡市) »

無料ブログはココログ