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2010年8月15日 (日)

日高岩山城跡(兵庫県豊岡市)

城跡は兵庫県豊岡市日高町朝倉にあって、国道312号の通過する朝倉トンネルのほぼ真上に位置しており、その周囲は険峻極まりない地形となっている。ここを居城としたのは、既にリポート掲載を終えた浅間城を居城とした佐々木近江守でもあるが、本城をどちらとしたものかは不明、両城ともに佐々木氏の持城とすればよいものとは思われるが、、、。秀吉の但馬侵攻においては、戦わずして秀吉側に降った伝承が伝えられてはいるが、その反面で家臣想い、あるいは領民想いの城主と言えそうには思われる。

城跡を訪れるには、まず国道312号へ進入する事が先決、京阪神側から向かえばルート図にあるトンネル手前の「赤崎」の信号で右折針路変更、その後は険峻な山容を眺めながら城跡に沿って国道を走り、「コヤマリビング」を通過してその先で左折し、今回における登山スタート地点(駐車可能)となる「兵主神社」を目指せば良いだろう。後は概念図に示した入山口(獣避け電線開閉口)まで歩いて向かい、広い山道を数m上って左手斜面に取り付いて上り出せば、間も無く踏み跡程度の山道と合流できる筈である。この山道をそのまま辿れば難なく北東端に備わる大堀切までは辿り着けるものとは思われる。所要時間は入山口から10分程度と思って頂ければよい。

1_route 登城ルート

6_2 城跡進入路

3_2 城跡概念図

現状(七月)城跡は、藪化は当然進行中にあるが、山城としては比較的見学し易く、移動に差し障る事も無く見て回れる事からも、概念図に示したまでの、踏破確認に及んだ遺構群は、ほぼ容易に判別確認可能な状況にあると思って頂ければ良いだろう。この山城は険峻な地形そのものも縄張りプランとして取り込んだものであり、中でも北東側尾根を断つ二箇所の堀切は、自然地形をそのまま縄張りに取り込んで、岩盤を削ってまで構築されたとも窺える、巨大と呼ぶに相応しい堀切で、この城跡にあってはその様相も含めて、城跡の白眉とも言える見応えのある遺構と目には映った。もちろん図中に示した北西斜面に施された縦堀群の状態も判別し易く、素晴らしいものと感じられたのだが、それにしてもこの二本の堀切の見応えだけは特筆ものとも思えたのである。「城跡は痩せ尾根を削平して築かれた小規模な砦規模の山城」、と言えば、その全体像はある程度想像出来そうには思われるが、この険峻極まりない地形の上に、更に堀切四本、おまけに縦堀まで設けた縄張りプランは、同じように小規模ではあるが、空堀を駆使して築かれた浅間城ともダブって感じられた。

9_hokutan_kydai_hori_3 北東端の巨大堀切2凄い!

12_kita_dankaku_gun 北東段郭群

14_kyodai_karahori_1 巨大堀切1見所

18_shukaku 主郭の現状

21_nisi_obi_2 西側帯郭

35_shukakugawa_tatehori_1 34_tatehori_gun_2_2 北西斜面上の縦堀見所

城跡を個人的に評価すれば、砦規模の山城にしては余りにも似つかわしくない空堀群には、久し振りに「山城賛歌」を贈りたい気分にさせられたが、楚々とした険峻な山城が好きな方には迷わず訪問をお薦めしたいのである。自分の頭の中には、忘れ去る事の出来ない記憶に残る山城の一つとして、浅間城(小城も含めて)と並んでずっと残るようには思われたが、、、

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