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2010年8月 7日 (土)

伊久知東砦跡(京都府与謝郡)

城跡は京都府与謝郡与謝野町幾地にあって、幾地集落の北背後の山上尾根先端に位置している。当時の城主としては一色氏の家臣である石川氏が伝わっている様であるが、詳細は不明。

城跡を訪れるには国道176号へ進入する事が先決となるが、既にリポート掲載を終えた明石城、あるいは隣接する「作山古墳」を目指せば分かり易いとは思われる。国道を北上した場合は「作山古墳」を過ぎて県道76号へ左折進路変更すればよいが、幾地集落内の道路は非常に狭く、車の駐車可能なスペースを捜すには少し苦労をさせられる。個人的には訪れた日が日曜であった事から、ルート図に示した広い保育園駐車場を勝手に借用させて頂いたが、自己責任において駐車する事が前提となる。そこからは城跡まで繋がる登山口まで歩いて向かえば、傍に城址碑(伊久知城)のある赤い鳥居(画像に注目)は直ぐに目に留まる筈である。ここから山道(大師道)に任せて上れば、10分程度で山上主郭までは辿り着けよう。

1_1

登城ルート

4 登城口

1_2 城跡概念図

城跡はほぼ二郭で形成されており、非常に小規模なものであり総全長は40mにも満たなものでもある。当時は街道に睨みを利かせた程度の、物見か狼煙台程度の機能しか窺われないものでもあり、遺構の見応えを期待して赴けば落胆する事は必至とも思えた。現状(七月)、小規模な郭内は自然任せの荒れ放題と化しており、何とか郭を遮る浅い堀切は判別出来たが、切岸などは安普請で築かれたものか長年の風化によるものか判断は難しいが、非常に甘いものであり、判別し難い堀切も含めれば、この地が城跡であったと感じさせてくれる部分は、山上の削平地程度だと思って頂ければ良いだろう。当然城址碑がなければ自分を含めた山城フアンは別にしても、史跡見学で訪れる者は皆無である様にも感じられたのである。赤い鳥居から少し歩けば、登山道沿いに直ぐ当時の屋敷跡地にも窺える広い空間が目に留まるが、この地が居館跡であったかどうかは見学者の想像に委ねられるだろう。山上がこの程度の規模のものであれば、自ずと根小屋としての居館跡は想像出来るのかもしれないが、、、謎。

7 屋敷跡地か?

11_kaku_1 主郭手前の削平地

13_shukaku 主郭の現状

15_karabori 僅かな堀切跡

17_haigo 背後の尾根

この城跡を評価するのは少し難しいが、山城ファンの方に限っていえば、麓に城址碑が備わる以上、与謝野町を通過する際には絶対避けて通れない城跡と見たが、、、一度は訪れておいても損はないだろう。

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
与謝野町幾地のSと申します。

貴サイトを時々拝見いたしております。
驚いたことに伊久知城跡(京都府与謝郡)が載っていましたので
コメントさせていただきましたが
どうも、うまく載らなかったようですので
こちらにメールさせていただきました。

取材された場所は、伊久知城東隣の太師山で、
伊久知城ではありません。

登山口は、現在登られたところから西側約100mの
ところにあります。

山頂の城跡には稲荷神社があり、目印となります。
この稲荷神社を保存する”稲荷講”もあり、登山道も
整備されています。

この辺りは、昭和2年の丹後大震災で約4mほど
地盤が動き、幾地地区は全戸全壊という大被害を受けました。
このためお寺も焼け、詳しい資料はほとんど残っていません。

城主は石川氏説もありますが、私の見解では加悦城(安良山城)の
出城で、伊久知城主は坂根齋だったと考えております。

当地の墓地に伊久知城主 坂根齋(伊津紀)とあり
この墓は現存しております。(私の先祖に当たります。)
坂根齋は、石川氏の長女を妻に娶っております。

幾地城に纏わる伝説や石川五右衛門伝説は
多くの先人により語られてきましたが
諸事情があり、現在は忘れ去られようとしています。
残念なことです。

この件の詳細につきましては、お話しすることも可能です。

再度、調査されることがありましたら
ぜひ、ご連絡ください。

貴HPのますますのご発展をお祈り申し上げます。



TAKUです、コメント有難う御座います。
先に私個人に対して届いていたメールは拝見させていただきましたが、既にその返信メールは差し上げてしまいました。内容に関しましては、このコメントに返信した部分と、ある程度共通したものとはなりますが、どうぞご容赦下さい。
一般城跡ファンあるいは史跡ファンの間での伊久知城は、あくまで城址碑のある背後の山と言った認識があるように思われたのですが、本来の伊久知城が城址碑のない別の山に位置していたとは非常に驚くばかりです。今回は所在地を地図で確認した上で、地元の方の案内で間違いのない登山道を紹介して頂きましたが、この興味あるコメント内容からすれば、これから本来の伊久知城を訪れる方々の参考になるやも知れません。私自身も近日中に再訪して、本来の伊久知城本郭群を確かめてみたいと思っております。今回は詳細に渡る情報のご提供有難う御座いました。

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