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2010年8月10日 (火)

伊佐割谷城跡(兵庫県養父市)

城跡は養父市八鹿町伊佐割谷にあって、円山川に架かる伊佐橋に向いて突き出した尾根先端部から東側山上にかけてが城域となる。この山城はルート図に示した様に、山上から西側にかけてが本来の割谷城跡と呼ばれる遺構群であり、大堀切(切り通し)を境にして西先端部に位置する便宜上の割谷西城は、その出城に相当するものと見受けられた。今回は堀切から山上郭間は密生する矢竹雑木の為に踏破する事が叶わなかったが、山上郭群の現状リポートと、充分一城に匹敵するとも思えた割谷西城のリポートを掲載するに及んだ。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには出石側からでも八鹿側からでもよいが、県道2号へ進入する事が先決となる。目印として「伊佐小」を目指せば分かり易いが、現地付近まで到達すれば伊佐橋と伊佐小の間の道路をルート図の如く東進すればよい。西城への進入口(画像に注目)は概念図に示した様に、墓参道が主郭までは繋がっているので迷わず辿り着けるとは思われる。本来の割谷城(山上郭群)へは、西城の大堀切(切り通し)からそのまま東山上まで上り切れば良かったのだが、先に触れた様に藪化が深刻化している状態なので、これから訪れる方にはルート図に示した住宅地まで歩き、その最奥から山道を利用して上られる事をお勧めしたい。

1 登城ルート

4 西城進入口

1_1 割谷西城概念図

7_horikiri_dou_1 堀切(現状墓参道)

10_nisikaku 西郭

13_kitakaku_koguti 北郭と虎口

16_shukaku_karabori 主郭土塁壇と空堀見所

20_minami2_dorui 南郭縦土塁見所

まず西城の現状(六月)としては、当時の郭跡と見受けられる整地された削平地は集合墓地となっており、どこまで地形改変があったのかは見る者の想像にほぼ委ねられるが、全体としては遺構は余り破壊されず、ほぼ当時のままと見受けられたのである。見所としては但馬地方特有の築城形態とも呼べる、空堀を挟んでの三連の土塁壇は未だ健在でもあり、風化に任せて切岸などは多少曖昧ではあるが、充分眼は楽しませてくれよう。概念図に描いたまでが自身が踏破して確認した遺構と言う事になるが、ほぼ独立した一山からなる砦規模の城跡である為に余り多くは望めないだろう。ただ後で寄った山上郭群と比べれば、遥かに此方の方が城跡として見応えは感じられたが、、、

割谷城(山上郭群)の形態は、主郭から北西側斜面に小規模な段郭群を並べて配しただけに終わっているものであり、主郭背後の地表風化が進んで分かり難いが、必然性あるいは地形から土橋付き空堀(画像に注目)が唯一城跡を物語るものと見た。山上郭群はルート図に示したまでが移動し易く見て回りやすい部分で、その中でも見応えを感じる事の出来る遺構は皆無に近く、山上に佇んで山城の風情を味わう程度の見学で良いのではないだろうか、、、

29_karabori_dobasi_2 山上郭の堀切見所

30_shukaku_1 山上主郭

個人的に城跡を評価すれば、割谷西城は見応えのある遺構は少ないが、状態が比較的ましでもあり、圧倒的お手軽感(主郭までは5分程度)を含めば充分お薦めは出来よう。割谷城(山上郭群)の方は興味のある方が上って楽しむ分に限っては、それなりに価値が見出せるものと見た。

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