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2010年7月 3日 (土)

主計城跡/坂津城跡(兵庫県豊岡市)

今回リポート掲載した二城の中、坂津城は昨年になるが既にリポート掲載は終えている。しかし明確な堀切、土塁は存在していたが、余りにも城跡の規模が小さかった為に、出城の可能性が窺えた事により、個人的には現在に至るまで追跡リサーチを続けていた。今回は限りなく本命(公的資料に登場している)に近い坂津城と思われる山城が、別の山頂に存在する事が判明した事もあり、以前紹介した坂津城は改めて暫定)坂津東城として再び同時掲載に及んだ。ただこの山城も情報が皆無に近いものである事、更に地元では知る人もなく、今回は坂津城と断定するまでには漕ぎ着ける事が出来なかった。よって今回は、推定)坂津城として主計城と同時リポート掲載させて頂いた。(主計城の方は地元で確認済み)

1_3 登城ルート

Photo 進入口

1_2 坂津城として前回掲載した記事内容

3kaz 主計城跡概念図

城跡を訪れるには国道482号から一般道701号へ進入すればよいが、法華寺」を目指せば分かり易いだろう。付近に到着すれば、道路沿いに「鬼子母神法華寺」と案内看板が設置されている事からも、迷わず辿り着けるものとは思われる。法華寺に車を預ければ、概念図の如く歩いて城跡を目指せばよいが、5分もあれば到達出来る筈である。推定)坂津城もルート図に示した様に、参拝登山道を利用して山頂に位置する「鬼子母神」を目指せば迷わず辿り着けるとは思われる。ただ個人的には西山上三角点270m(削平地のみ)まで上り、更に直登で山頂まで上ったので、所要時間は分からないのだが、急な登山道(道標有)を700m以上登り切らなければならないので、20分は要すものと考えられる。

まず主計(カズサ?)城は豊岡市但東町赤花にあって、法華寺南西背後の丘陵先端に位置している。この城跡は様相から窺える様に館城とも言えそうに思われるが、小規模な主郭には現在祠(大年神社)が建立されている。主郭の両脇には数段の帯郭が配されているが、周囲が農地(休耕地)となっている現実を思えば、後世における地形改変も充分考えられる事から、主郭の形状は当時のままとも窺えたが、当時の縄張りは見学者の想像にほぼ委ねられるものとは思われる。現状、集落が見通せる状況にある事からも、自ずと当時に思いを馳せる事は容易く、居館跡としての機能の推察も充分可能ではあるが、遺構の見応えには程遠いものが感じられた事もあり、この城跡は史跡として割り切って訪れる事が肝心と思われた。

1 主計城主郭

2 東帯郭

3 南郭

推定)坂津城は但東町坂津にあって、これ以上無い険峻な山上に位置しており、完全に山城の様相を呈すものでもある。現在主郭に相当する最高所には鬼子母神を祭る社殿が建っているが、遺構として目に留まったものは土塁跡?(画像に注目)、切岸跡程度であり、インパクトのある堀切には遭遇出来なかった。個人的にはほぼ90%の確率でここが本来(公的資料にある)の坂津城と思われたのだが、城跡として断定可能な堀切も窺われなかった事により、現状ではやはり推定とするのが一番良い判断とは思えたのである。限りなく無名に近いこの山城を訪ねるに当たっては、まだ推定ではあるが、鬼子母神参拝ついでに山上における山城の風情も味わうと思えば、何とか納得の行く訪城となるのではないだろうか。

1_4 推定)坂津城跡概念図

6_tozanguti 道標

18 山上へ

21_fuku_kaku 正面社殿

22_minami_1 主郭

23_minami_dorui_1 土塁跡か?

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