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2010年7月 1日 (木)

但馬 土田城跡(兵庫県朝来市)

この山城に関しては、地元で城跡としての認識があって(通称)土田城として呼ばれているのは、巨大と呼ぶに相応しい規模を誇る土田観音山城の方を指す事からも、以前紹介した時には土田観音山城の方を土田城として紹介したが、今回は改めて地元ではほとんど認識のない、公的呼称としての土田城跡の方を訪れた。

城跡は朝来市和田山町土田(ハンダ)にあって、既にリポート掲載を終えた土田観音山城から見れば、ルート図の如く谷を挟んで直ぐ西隣にある丘陵上にある。当然この山城へ辿り着くには山道など存在しないので、これから訪れる方には概念図を参考として、自身が最短直登ルートとして選んだ、カーブミラー横から旧墓地を通過して山上まで登り切るルートをお勧めしたいのである。ルート図にある等高線を見ればお分かりの様に、非常に狭くなっているので相当な激斜面は予想されるが、全域が植林地となっている為に前が開けており、藪漕ぎは皆無、意外に上り易く感じられたのである。少し休憩を挿まなければとても登り切れないが、斜面との戦いは15分程度と思って頂ければ良いだろう。1_1

登城ルート

4 直登進入口

1_2 城跡概念図

現状(六月)城跡は相当な藪城を覚悟して臨んだにも拘らず、意外にも移動に差し障ることもなく、むしろこの時期における山城としては状態は良い部類に入るものであり、遺構の判別確認は容易い状況でもあった。特に主郭内部は未だフラットな状態(画像に注目)が保持されており、申し分のない状態と言えるものでもある。山上郭群における形態は、ほぼ概念図の通りと思って頂ければ良いが、縦堀に関してはそれらしい地形はまだ目に留まってはいたが、必然性を含めて個人的に明確に縦堀と判断できたものに関してだけを図中に示した。この山城は間違っても隣接する観音山城と比べてはいけない、個人的には規模あるいは形態も含めて、観音山城の出城あるいは支城と呼んでも差し支えないものと眼に映ったが、防備としての遺構は、堀切は一箇所だけ目に留まったものの、この急峻な地形を利用した縦堀にっただけのものと見た。ただ今回は未踏に終わったが、地形図から窺っても更に北尾根上にかけて郭の展開は充分予想され、この山城はこの山上本郭群だけでは決して終わらないものとも感じられたのである。

14_shukaku_nai_1 ほぼフラットな主郭内の現状

11_shukaku_e 主郭北背後

16_shukaku_heki 主郭北切岸

18_kitakaku_horikiri_3 北堀切見所

17_minami_tatehori 21_tatehori 縦堀

下山後に地元で公的事業に係っておられる方から直接伺った事であるが、この土田城は来年には登山道を新たに整備して、山上主郭には更に櫓も建てる構想がある事をリークした。当然ブログでその事を城跡ファンの方達に向けて先に発信しても良いか尋ねた処、快く了解を頂いたので間違いなく実現するものとは感じられた。着工予定日までは分からないが、工事は城跡を熟知した方がされる訳ではないので、どこまで遺構が破壊されるものかは想像も付かず、この山城のビフォアー、アフターが気になる方には、是非年中の訪問をお薦めしたいのである。更に先に触れた観音山城、寺谷城までその候補対象に挙がっていると言うから、この朝来市においての町興し事業、あるいは史跡(山城遺構)に対しての熱の入った取り組み様が自ずと窺えて来るのである。山城ファンあるいは史跡ファンの方々には、登山道が整備されたこの山城を是非期待して頂いても良いのではないだろうか、、、

尚、この土田城に関してのその後は、個人的にこれからも現地での経過をブログ中で発信していく予定をしております。

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