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2010年7月 9日 (金)

左近山城跡(兵庫県養父市)

この山城は養父市あるいは但馬地方に数多くある山城の中にあっても、ほとんど無名に近く情報も皆無に近い城跡の一つである。県道6号に平行して流れる大屋川沿いに築かれた山城では、過去十二所城、三方城、大杉城、由良城、etc.などをリポートして来たが、何れも小規模な山城が多く見受けられた。しかしその多くは遺構残存度が高く、残存状態が優れた城跡が多かったのも確かな事実ではある。この山城も規模は非常に小さいが、この時期(六月)でも山城としては移動し易く見て回り易い状態にあり、シンプルが故に当時のままが今に甦った様な遺構残存度を誇る城跡でもあった。

1_1 登城ルート

4 入山口

8 墓参道

1_2 城跡概念図

城跡を京阪神側から訪れるには、国道9号を走り南但馬トンネル手前の交差点より県道6号へ針路変更し、そのまま左近山集落を目指せばよい。城跡への進入口(画像に注目)は概念図に示した地元消防団施設の斜め向かいにある、家屋の間から集合墓地に繋がる墓参道で、山道に従って上れば大きなダムが見えてくるが、手前にある集合墓地を通過してフェンスを開閉した後、そのまま右手尾根を目指して上れば、直ぐにでも便宜上の山上本郭群が迎えてくれる筈である。ちなみに山上詰城までは、麓から15分強の所要時間が必要

便宜上の主郭は、見る限り痩せ尾根上に展開される郭群の中では一番規模が大きく、その背後には尾根を遮る堀切(空堀)が横たわっている。更に尾根伝いに上れば中腹尾根上にも郭跡、更にその山上には物見あるいは詰め城としての郭が配されている。この山城の一番の見所は、最初に触れた堀切も含むが、その全体像が窺える山上郭背後に備わる二重堀切(縦堀に繋がるもの)であり、充分な見応えを感じる事が出来た。個人的にはこんな小規模な山城でも、縄張りの中に二重堀切が存在する事に驚きは隠せなかったが、今まで訪れた但馬地方の山城の多くがそうであった様に、狼煙台程度の規模の城跡でも必ず尾根の背後を断つ堀切が備わるのが、但馬地方における山城の特徴でもあった。もちろんこの地域は秀吉に攻略されるまでは、ほとんどの在地勢力が山名氏の傘下にあった事実を思えば、山名氏の築城における技法、あるいは縄張りプランがほぼ全域に渡って行き届いていたと言う他ないものとも感じられたのである。ちなみに丹波地方では、この程度の山城に二重堀切が備わるのは珍しい事でもあり、めったにお目にかかれないのが現実でもある。

16_horikiri_3 主郭背後の堀切見所

20_minami_kaku 主郭内

26_shukaku_1 山上郭

28_2jyuu_horikiri 29_2jyuuhorikiri_2

二重堀切見所

個人的に城跡を評価すれば、小規模な城跡でもあり規模あるいは遺構の醍醐味を求めて訪れたなら、恐らく落胆する結果となりそうには思われるが、楚々とした山城の風情を味わいたい方、あるいは険峻な山城を体感したい方にとっては、山上郭までの上り易さ、あるいは所要時間なども加味すれば、間違いなく薦め出来る物件の一つと眼には映った。この山城を訪れた方には、決して尾根先端に位置する本郭群だけで満足せず、是非山上郭(詰城)背後に備わる二重堀切までは足を延ばして頂きたいのである。

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