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2010年7月13日 (火)

但馬 宮谷城跡(兵庫県養父市)

城跡は兵庫県養父市養父市場/宮谷にあって、既にリポート掲載を終えた養父神社城から見れば、養父神社のある大きな谷筋を挟んだ真東側の山上尾根に位置している。城史に関しての詳細は全く不明でもあるが、養父神社城が垣屋氏の居城であった事から考えれば、自ずとその支城あるいは出城とも察せられる。個人的には築城環境、あるいはその単純な縄張りプラン(高低差のない尾根上を掘り切っただけ)が良く似ている事からも、正しく垣屋氏によるものと判断したが、、、、ただ養父神社城は神社敷地を当時の居館跡と診立てた場合、すぐ背後の山上郭は詰城の様にも窺えたが、この城跡に関しては北西山麓に養父神社が位置するものの、機能としては中々想像し難いものがある。

1_1_2 登城ルート

7_tyokuto_kuti 直登口

1_2_2 城跡概念図

城跡を訪れるには、養父神社城を起点とすれば位置関係は歴然としているが、国道9号を走り一般道271号へ針路変更して、家屋のひしめく養父市場集落の中にある警察署、あるいは今回直登山口とした「三柱神社」を目印として目指せば分かり易いとは思われる。今回この神社を直登口としたのは、養父神社側から上るのであれば枝尾根が多く、登山あるいは下山においてルートを間違い易く感じられた事によるものであるが、此方からのルートでは、等高線を見ればお分かりの様にルートを間違えないメリットはあるが、上り傾斜だけは相当きつい(藪漕ぎは無く非常に上り易いが、)ものがある。神社から15分程度であれば山上主郭までは到達可能であるが、足腰に相当負担は強いられるので、ある程度の覚悟は必要かも知れない。多くの険峻な山城を踏破して来られた方には、別に何でもない事なのではあるが、、、尚、付近の狭い道路に駐車スペースは中々見当たらず、訪れた日が日曜ということもあって、個人的には警察署の東にあるJAの広い駐車場を勝手に借りたが、平日の訪問では駐車には一苦労するものと思われた。

20_v_horikiri_1 20_v_horikiri_3 V字形堀切見所

23_shukaku_1 主郭内

26_dobasi_horikiri_1 主郭南土橋付き堀切見所

28_demaru_dorui 南出郭と土塁跡見所

29_dobasi_horikiri_1 南端堀切見所

この城跡の醍醐味あるいは見所は、尾根を遮る三本の堀切見学が全と言い切れそうには思えたが、特に主郭北側に備わる堀切は高低差はないが他に中々類を見ないものでもあり、V字形にカットされた空堀(確か京都府の北山間部にある今宮城にも似たものがあったか?)は一見の価値に値するものとも思われた。空堀の片側は縦堀として刻まれており、長年の風化や堆積物などを考えれば、この状態は素晴らしいと言えるものでもある。他の二本の堀切も余り高低差はないものの、土橋を伴った様相は判別し易い状態も含めて、充分見応えは感じられるものである。

縄張り妙味には全く期待出来ない城跡ではあるが、先に触れた三本の堀切は上ってまで窺うに充分価値のある遺構と思われた事からも、この時期(六月)でも郭内の見通しが利く状態の良さ(山城としてはこれ以上望まれない状態、あるいは当時から手付かずの状態で残された残存度の高い遺構も含めれば、山城ファンの方には是非お薦め出来る城跡の一つと言う事にはなるだろう。

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