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2010年6月24日 (木)

明田城跡(京都府京丹後市)

城跡は京丹後市大宮町明田にあって、家屋の密集する集落西側の「高原寺」真北背後の丘陵上から、西側山上にかけてが城域となる。当時は成吉越中守の居城が伝わっているが、城史に関しての詳細は不明。 

城跡を訪れるには先にリポート掲載を終えた三重城、あるいは森本城を起点とすれば分かり易いとは思われるが、国道312号より一般道655号へ進入した付近に三重城があるが、それより更に北上を続ける。登山口として目印となるのは「高原寺」であるが、車の駐車を考えればルート図に記した、麓に位置する「心木神社」あるいは「明田公民館」を目指して進行すれば良い。車を公民館に預ければ、そこからは直ぐの距離にある「高原寺」まで歩き、墓参道を利用して郭転用地とも窺えた墓地のある東郭群を通過、更にそのまま山上を目指せば、15分程度で迷わず主郭までは辿り着けよう。

1 登城ルート

6tozanguti 登山口

1_1 城跡概念図

現状(五月)僅かな踏み跡を辿れば、山上主郭までの間ではインパクトを感じる堀切には遭遇出来ないが、尾根上を連続する規模の大きい東郭群(ほぼフラットな空間)、突出した高低差を誇る便宜上の三の丸から主郭にかけての切岸跡、更に主郭東側の虎口郭に設けられた埋もれて浅い空堀跡は充分判別確認可能となっている。縄張りプランとしては尾根上に郭を単純に並べただけに終わっているので、特別縄張り妙味を感じる事はないが、東西三百m近くに達する城域を歩き回れば、臨場感は充分味わえる筈である。主郭西背後には切岸高低差10m以上を誇る、凄い堀切!を窺うことが出来るが、この片側に土橋を設けた堀切が、城跡最大の見所遺構と呼んでも差し支えないものとは思われた。主郭には小さな朽ちかけの社殿(画像に注目)が建立されてはいるが、今となっては参拝する人も途絶え、敷地は低草木が蔓延り荒れるに任せた状態となっている。山上本郭群の切岸斜面も雑木が密生した状況にあるので、自ずと郭内部の僅かな地形の変化、あるいは外見から斜面上の構築物は判別確認出来ない状況下にあり、本来の残存遺構は概念図に示したものが全てではないとは思って頂きたい。

9_higasi_kakugun_2 東郭群

20_shukaku_higasi_karabori_1 主郭東、空堀跡見所

22_shukaku 主郭内の現状

24_horikiri_2 堀切見所

25_horikiri_dobasi 土橋見所

26_shukaku_heki 主郭切岸見所

城跡を個人的に評価すれば、寺院から城域に達するまでは5分とかからず、非常にお手軽感を感じる山城ではあるが、郭転用地でもある東郭群を除けば、他は状態に少し厳しいものがある(夏季訪問は更に厳しい事が予想される)ので、是非お勧めとは言い難い。しかし主郭背後における堀切の手応えは相当なものとも感じられたので、この堀切と高低差を誇る切岸に興味を持たれた山城ファンの方にのみ、三重城あるいは森本城と併せた同日訪問をお勧めしたいのである。

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