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2010年6月 1日 (火)

真野城/土野城跡(京都府綾部市)

この二城は綾部市睦合町にあって、ルート図からお分かり頂ける様に、丘城と山城と言う部分においては機能の違いで随分差はあるが、ほぼ隣接しているので山城巡りの一環とすれば、ある意味効率よく訪れる事が出来そうには思われる。城史に関しては当時における城主だけではあるが、真野城の方が杉山氏、土野城(肘野城)が温井氏の居城と伝わっている。詳細は不明である

1_1 登城ルート

1_2_2 城跡概念図

14_oo_koguti_2 当時の虎口か判断し難い

17_minami_kaku_1 南郭3

19_shukaku_1 主郭

20_shukaku_dorui_2 土塁見所

23_kita_kaku 北郭より主郭土塁

まず真野城へ向うには、府道1号沿いにある宝蔵寺を目印として目指せば良いが、寺院まで行けば行過ぎとなるので、その手前にある大きな施設JAの向いの道路から、ルート図の如く山麓にある集落まで上る、集落の西端には集合墓地(墓地の周辺には充分車の空きスペースはある)があるが、そこから尾根伝いに山頂を目指して上れば良い。20分弱の道程にはなるが、踏み跡を辿っての登山は迷わず山頂まで辿り着けるとは思われる。この踏み跡程度の山道は、かつて山上郭に祠があった時の参拝登山道らしく、現在は相当荒れ放題ではあるが、尾根上に展開される削平地を確認しながら上れば、急峻な山上に位置するこの山城の風情も充分体感出来るとは思われる。山上郭群は主郭北側に備わる仕切り土塁までを本郭群とすれば、ほぼ四郭構造となっており、見る限り縄張り内に堀切の類は見受けられなかった。唯一縦堀を土塁東側に一箇所だけ確認する事は出来たが、他では眼にする事は叶わなかった。土塁より北側の尾根上には延々と削平地が連続しているが、これも縄張りとして取り込めば比較的大規模な山城と言えるのかも分からない、、。

土野城へは画像に示した場所から、ルート図を参考にして沢沿い山道(墓参道)に向かい、それに従えば尾根上全域を占める広大な郭跡地には直ぐにでも到達出来る筈である。この郭跡地は部分的に墓地敷地、あるいは整地された状態となっているので、近世においてある程度の地形改変はあって当然とも考えられるが、縄張り形態そのものは当時と余り変わってはいない様な気はした、、、? 現在遺構として判別可能な箇所は、主郭周囲の切岸跡、東側の帯郭、中央の郭境となる切岸部分と、限られてくるのが現状でもあるが、二百mにも達するほどの城域の広さは、巨大な館城を想像させるほどの規模であり、更に全体の見通しが利く事からも、より巨大なものに見えてくる。この城跡は風情あるいはその規模を歩いて体感する程度に終わるかも知れないが、遺構の醍醐味さえ求めなければ、当時の館城の様相まで想像可能であり、史跡としても充分値打ちは感じられるのである。ただどこまで造成地形改変があったのかは想像も付かないので、現状見たままから戦国ロマンに浸るしかないのだが、、、、

Photo_2登城ルート

2_2 土野城への進入路

3_2 帯郭と主郭切岸

5_2 中央の郭境

6 広大な主郭の一部

この二城は、個人的には機能、形態が違う事からも充分楽しめたのだが、遺構残存度が比較的低いと感じられた事からも評価は難しく、取り合えず概念図あるいは記事を参考にして頂いて、興味を持たれた方だけにお薦めしたいと思うのである。

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