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2010年6月13日 (日)

伊野城跡(兵庫県豊岡市)

この城跡は出石川に沿って多く築かれた山城の中の一つでもあるが、既にリポート掲載を終えた西垣城や他の山城と同様に、存在の認識は充分ありながらも長い間所在地の確定に手間取っていた。今回は後で掲載予定の小半田城と同様に、地図上で城跡の目星だけを付けて、現地で地元の方数人に訪ねたお陰で何とか所在地を明確にすることが出来たが、情報の少なさから実態が今まで謎に包まれていた、念願の伊野城の城跡遺構をやっと山上で目にする事が叶えられた。城史に関しての情報は、唯一室町時代に伊野綱高の居城が伝わるのみである。

1route 登城ルート

5_3 直登取り付き口

3ino 城跡概念図

個人的には砦規模の小城を想像して臨んだのだが、比較的規模は大きく(総全長約150m)、結果的にはノーマークに近い山城としては予想を遥かに上回る遺構残存度でもあり、状態の良い城跡遺構には圧倒されっぱなしとなった。自身が踏破した範囲内で作成に及んだ概念図を見れば、およその実態はお分かり頂けるとは思われるが、ほぼ地形に任せて削平された縄張りプランは、さほど縄張り妙味の感じられる城跡ではない、更にインパクトの感じられる堀切(薬研堀)も備わってはいないのである。しかし数百年レベルで風化に任せた切岸などの遺構の現状を見れば、遺構の見応えや縄張り妙味などはどうでもよくなってくるのである、とにかく縄張りだけは明確なものが拝めるのである。それだけ状態が良く、見て回りやすい事は言うまでもないのだが、植林地でもなく、ほとんど人の手も入らずこの状態が自然保持されていたとは驚くべき事でもあろう(この地方の風土が成せる技か?)。もちろん人が長い間山に踏み入った形跡のない山城として見た、私見に過ぎないものではあるが、、、、

13_gedan1_yori_heki 西段郭の切岸

14_nisikaku_yori_yagura 北櫓台の切岸見所

23_naka_yori_3maruheki_1 中郭より三の丸切岸

24_naka_yori_kitayagura 中郭より北郭

27_shukaku 主郭、奥土塁見所

30_horikiri_ato_1 僅かに空堀跡見所

32_hakihori 箱堀見所

現状(五月)目に留まった遺構は全て概念図には記したが、郭跡を除けば埋もれて判別し難い空堀跡、箱堀、土塁跡、もちろん切岸跡と、はっきり言えば他では城跡として技巧を感じる部分は少なく、遺構の見応えには余り期待は出来ないものとは思われる、しかし山城の初期形態を色濃く残す城跡として見れば、山城の風情も含めて史跡としても非常に値打ちのある城跡と感じられたのである。今まで多くの山城を訪ね歩いたが、これほどまでに上って爽快な気分(全く期待していなかった事も手伝って、、)にさせられたのは久しぶりでもある。もちろん状態の良い遺構群に感動したのは言うまでもないが、、、個人的に城跡を評価すれば、山城ファンの方においては間違いなくお薦め出来る城跡と言う事にはなるだろう。但馬地方には今までリポート掲載してきた多くの城跡も含めて、比較的状態の良い山城がまだ数多く残っている様にも感じられたが、この山城を訪れてみて、改めてそれを知らされた思いでもある。

城跡は豊岡市但東町佐田にあって、訪れるには既にリポート掲載を終えた西垣城を起点とすれば、其の位置は直ぐ分かるとは思われるが、国道426号へ進入する事が先決となる。付近まで到達すればルート図あるいは地形から位置確認をして頂くより他ないが、直登取り付き地点とした場所までは、広い山道が繋がっているので分かり易いとは思われる。後は概念図参照の事、、(車を置いて20分内で北郭に到達可能)

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