« 須津城跡(京都府宮津市) | トップページ | 神谷城跡(京都府福知山市) »

2010年5月 9日 (日)

伊賀 上山城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市川合/上山にあって、既にリポート掲載を終えた宮山城から見れば真南側の丘陵上に位置している。当時の城主としては河合氏が挙げられようが、城史に関しての詳細は不明でもある。

城跡を訪れるには、宮山城を起点とすれば分かり易いが、名阪国道を利用した場合、最寄の乗降口となるのは「壬生野」IC、下りればそのまま北上すればよいが、途中までは宮山城訪問ルートと同様なので、ここでは割愛させて頂く。分かり易い城跡への最短進入ルート、及び進入口(画像に注目)は概念図に示したが、和楽器店を目印とすればその北側にある畑地からとなる。ここからは巨大な空堀道が南郭まで繋がっているので、見学する上においては一番効率の良い近道とはなるだろう。もちろん和楽器店からは、民家の間をすり抜けて北へ向う山道らしきものがあったので、此方を利用しても城跡北端の空堀付近には、間違いなく到達出来るものとは思われるが、、

1_2 登城ルート

7 最短進入ルート

1_3 城跡概念図

この山城の形態は、伊賀においてはさほど珍しくはないものであるが、高土塁で囲まれた郭跡(居館跡)が二つ堀切を挟んで繋がった、ほぼ二郭で形成された城跡と説明すれば分かり易いかも知れない。ただ他の伊賀の城跡と異なる点を挙げれば、山城の形態に近いものがあり、麓に至るまでは数段の郭群が展開されている。高土塁上も規模の大きな郭として機能しており、その土塁郭上には更に防備としての土塁が施されている。更に要所に土塁を駆使して築かれた縄張りプランは、縄張り妙味にも満ち溢れたものであり、虎口を固めたもの、櫓台としての土塁、あるいは郭間の防備として施されたものと、見る者の目を楽しませてくれる事は請け合いとも思えた。更に丘陵上の全てが郭あるいは土塁で埋め尽くされており、その郭壁は直立に近い形の切り立つ切岸として、未だに存在感をアピールしている。

12 巨大空堀道見所

14_2ren_tatebori_1 二連の縦堀見所

19_minami_kaku_daidorui 南郭大土塁見所

24_minami_shukaku 南城主郭

39_tate_dorui 南城縦土塁見所

27_horikiri_1 中央大堀切見所

33_kita_shukaku 北城主郭

31_kita_karahori_2 北城空堀見所

40_shukaku_higasiheki 北城主郭切岸見所

城跡にあって最大の見所となるのは、先に触れた切岸もさることながら、南、北両主郭を分断した空堀(薬研堀)と、南側の大手と見受けられる位置にある巨大空堀道で、この二箇所の空堀は伊賀の城跡らしく深く刻まれたものであり、その様相は非常にスケールの大きさを感じるものとなっている。現状(四月)便宜上とした南城の藪化は相当進行しており、冬枯れしているとは言え、郭移動あるいは全体像の視認には中々難渋するのが現状でもあるが、逆に北城の方は植林地化されているお蔭で見通しも利き、非常に遺構も判別し易く見て回りやすい状況にある。概念図に示したものが個人的に判別確認出来たものになるが、この状況でも歩き回れば、ほぼ縄張りは掴める状態にあると言っても良いだろう。

城跡を個人的に評価すれば、伊賀の城跡(館城)にしては珍しいほど縄張り変化に富んでおり、山城としての醍醐味も遺構の見応えも充分過ぎるほど感じさせてくれている事からも、当然是非お薦め出来る城跡の一と言う事にはなるだろう。とにかく見所の非常に多い、見飽きる事のない城跡の一つでもある!

« 須津城跡(京都府宮津市) | トップページ | 神谷城跡(京都府福知山市) »

三重県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/34190454

この記事へのトラックバック一覧です: 伊賀 上山城跡(三重県伊賀市):

« 須津城跡(京都府宮津市) | トップページ | 神谷城跡(京都府福知山市) »

無料ブログはココログ