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2010年5月18日 (火)

蛇ヶ尾城跡(兵庫県養父市)

城跡は兵庫県養父市関宮町三宅にあって、既にリポート掲載を終えた但馬八木城の登山口からは車でほんの少し西へ移動した程度の距離にあり、集落の北背後に聳える山上に位置している。位置関係からも八木城の出城とも窺えようが、城史に関しての詳細は不明である。

城跡を訪れるには但馬八木城を起点とすれば分かり易いが、ルート図の如く国道9号を西に向いて車を走らせ、途中から側道へ進入して大興比神社を目指せばよい。城跡への登山口となるのは神社から西へ少し移動した位置にある、概念図に描いた防火用水(進入口の目印)からで、ここから沢筋に沿って(画像に注目)北へ上れば、道の途切れる砂防ダム手前までは難なく到達出来るだろう。ここからは沢を跨いで踏み跡の残る山道に従って上れば、迷わず山上郭群までは辿り着ける(15分前後)筈である。

1_1 登城ルート

5 進入路

1_2 城跡概念図

現状(四月)城跡は植林地化されてはいないが、画像でお分かり頂ける様に木々は少なく、山上に佇めば下界の眺望は利き、更に山上郭における全体像の見通しも利く事から、現存する当時の遺構はほぼ判別確認可能とも言える、山城としては申し分のない良い状態にある。山上郭群の規模は非常に小さいものであるが、物見程度の規模の主郭に三段程度の小郭が付随する、砦と呼ぶに相応しい山城と言えば未訪の方には分かり易いとは思われる。自ずと遺構にも余り期待は出来ないが、郭跡を除けば主郭に僅かに残された土塁跡、高低差は余り無いが切岸跡、南側に刻まれた片堀切跡が、ここが山城である事を物語る唯一の材料と言えるものになっている。主郭北側には尾根を断つ土橋を伴う空堀地形も窺われるが、地形に任せて両岸を削り落とした程度の土橋であり、防備としては余り役には立っていないものの様にも感じられた。主郭背後に備わる土塁底部に僅かに石垣痕が窺えたが、これが当時のものかどうかは掘り起こして調査をしない限り判別は難しいだろう。

9_saigedan_kaku 南最下段郭

12_heki 山上郭側

15_horikiri_dorui_1 堀切土塁見所

17_shukaku_1 主郭内

18_dorui_1 主郭土塁見所

城跡を個人的に評価すれば、遺構の見応えを求めて訪れたなら落胆する事は必至とも思えるのだが、風化はしているが当時のまま現在に至った、ほぼ手付かずの山城遺構が今そこにあると思えば、上ってまで窺う価値は充分感じられるのである。自分も含めて険峻な地にある楚々とした山城が好きな方には、間違いなくお薦め出来る城跡の一つと言えるが、これから山城を楽しみたいと思っておられる方にも、山上までは急斜面ではあるが、踏み跡を辿れば比較的上り易く感じられた事から、最初に山城を訪ねる第一歩として是非お薦めしたいのである。今となっては深い木々に遮られて、この城跡の様に山上から下界を望むことの出来る山城は非常に数も少なくなったが、山上から集落が見通せる事は遺構の有無を問わず、山城を楽しむ事の出来る立派な条件の一つなのである。

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