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2010年5月16日 (日)

但東 出合城跡(兵庫県豊岡市)

この山城は豊岡市但東町出合にあって、険峻極まりない山頂に位置しており、当時における詳細は不明であるが、この但東町に存在する多くの山城が、当時亀ヶ城を居城とした太田氏の傘下にあった事を思えば、この城跡もその中の一つなのかも知れない。どちらにしても、街道が交わる要衝の地にある事を思えば、相当重要な城跡であった事は察せられよう。

城跡へ訪れるには、既にリポート掲載を終えた沢田城が直ぐ近くにある事からも、ここを起点とすれば分かり易いとは思われるが、京阪神側から向えばまず国道462号へ進入する事が先決となる。国道462号を走り続ければ自ずと国道482号と交わる「出合」交差点に到達出来るが、そこから直ぐ正面に望める険峻な山の山頂が城跡でもある。麓に大きな公共施設があるので、車はそこの大駐車場に預ければよいとは思われるが、ここからルート図に示した(画像に注目)如く、入山口となる沢沿いにある集合墓地まで歩いて向かい、更にその背後から西尾根に沿って、20分間ひたすら急斜面(藪漕ぎは無い)を上り続ければ、間違いなく当時のままの遺構を今に伝える、山上郭群と遭遇出来る筈である。

1_1 登城ルート

4 城跡遠望

7_tyokuto 進入直登口

1_2_2 城跡概念図

この山城は城史に関しての情報も皆無に近く、訪ねる山城ファンも少ないものと見受けられたが、個人的に現状を見た限りでは、後世において余り人の手が入っていないとも窺えるものであり、城跡としての機能が終わった時点より、遺構はそのまま現在まで至ったものの様に感じられた。よって遺構残存度は抜群に高いものであり、残存している遺構群も素晴らしものと自分の目には映ったのである。その中にあって特に目を引いたものは、主郭背後をつ三重堀切で、現状(四月)画像でお分かり頂ける様に、全体像が窺えるとても良い状態が保持されており、堀切間の櫓台とも見受けられる土塁郭、あるいは空堀が縦堀に繋がる様は非常に見応えも醍醐味も感じられた堀切と縦堀まで併せた空堀群は概念図に示した通り、現状でも数多く地形から窺う事が出来たが、見逃していた部分も思えば、小規模な山城には似つかわしくない、妙に技巧的な城跡と言う事にはなるだろう。規模も見応えも此方が相当勝るとは思われたが、似通った形態でもある、既にリポート掲載を終えた丹波「石生西河原城」が直ぐ思い起こされてしまった。尚、西山上に向う斜面には堀切が施されていたが、更にその先の山上まで辿り着けば、ある程度下界の見通しが利く規模の大きい山上郭群に辿り着けるので、この山城の縄張りを把握したい方には、是非ここまでは足を延ばして頂きたいと思うのである。もちろん削平地が窺われるだけに止まるのではあるが、、、

15_kita_horikiri_dorui_1 北尾根側の堀切

21_higasi_kaku_gun_1 東郭群

23_dorui_kaku 主郭北側の土塁跡見所

23_shukaku_dan 主郭内の段差

25_3ren_horikiri_naka_dorui_2 三重堀切見所の中土塁

27_dai_dorui_kaku 三重堀切見所の土塁郭壁

35_nisi_sanjyoukaku_1 西山上郭

城跡を個人的に評価すれば、地形に任せて削平された形態からも、郭間に施された切岸の醍醐味には触れる事は出来ないが、これぞ山城と呼べる険峻さを誇る城跡でもあり、山上までは多少時間は要すが、この三重堀切を目の当たりにすれば、辛い登山も直ぐ過去のものとなる様な気はしたのである。険峻な山城に登り慣れていない、一般城跡ファンの方には少しお薦めし難いが、山城ファンの方には是非お薦めしたい城跡の一つである。

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