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2010年5月28日 (金)

鶴ヶ岡 殿城跡(京都府南丹市)

城跡は京都府南丹市美山町鶴ヶ岡にあって、周山街道と呼ばれる国道162号線、鶴ヶ岡交差点のほぼ真北側にあたる、集落の背後西側に突き出した尾根先端に位置しており、「鶴ヶ岡城跡」の別称がある。この山城は川勝(丹波守光網)氏の居城と伝わっており、既にリポート掲載を終えた島城跡、中村城跡、今宮城跡と同様に、川勝氏一族が築き拠った山城でもある。街道筋の見張り機能を備えた中村城を別とすれば、後の三城は非常に険峻な山上に築かれており、山城を得意とした川勝氏の本領発揮の城と言った処か、、、この川勝氏は、領有地が若狭あるいは近江寄りの立地環境のせいなのか、丹波の勢力とは裏腹に織田信長に組していたが、乱世をしたたかに生き抜いて、赤井氏同様徳川政権においては、旗本として扱われたと伝わっている。この氏族も戦国期を上手に生き抜いた氏族の中の一つなのであろう、、、、。

城跡を京阪神側から訪れるには、国道162号線さえ走っておれば難なく鶴ヶ岡までは辿り着けるが、鶴ヶ岡交差点からは直ぐ郵便局が目に留まる(画像に注目)筈である。その背後の山が城跡でもあるので、確認すれば概念図の如く寺院(無住)を目指せばよい。直登口となるのは寺院背後の古い墓地からで、左手側(北西)の急斜面に取り付いてそのまま登り切れば、約10分程度で主郭の下段郭付近には到達出来る筈である。尚、車は画像に示した案内板のある付近に駐車させてもらえれば良いものとは思われる。

1 登城ルート

7 交差点より遠望

1_2 城跡概念図

現状(五月)城跡は、当然の如く藪化進行中にあるが、人の入らない山城としては意外にも見て回りやすい状態が自然保持されており、遺構の確認はもちろんの事、規模が小さいので縄張りも非常に把握し易い状況にある。少ない遺構ではあるが、郭跡を除けば切岸跡、堀切(箱堀)、主郭の土塁跡などが判別確認出来た遺構群である。縄張り妙味もほとんど無きに等しく、見所は状態の良い切岸と幅のある堀切(箱堀)だけと言った処かも知れないが、三方が崖状地形の険峻な尾根上に位置したこの城跡は、山城としては楚々とした風情でもあり、少年時代を想えば、男なら誰でも一度は秘密基地にしてみたいと思える様相ではある。

13 西郭群

19_shukaku_dorui 主郭内

19_shukaku_dorui_1 主郭の土塁跡見所

20_horikiri 堀切見所

24_seitan_horikiri_2 東尾根上

城跡を個人的に評価すれば、遺構はほぼ当時のままの手付かずとも窺われた事から、規模は小さいが史跡としての値打ちは相当高いものとは目に映った。全ての遺構が判別し易い状況にある事も加味すれば、自ずとお薦め出来る山城の一と言う事にはなるが、この直登斜面は少し厳し過ぎるかとも感じられたので、10分程度の登山ではあるが、険峻な山城にトライする覚悟は多少必要かも知れない、、、

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