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2010年5月 7日 (金)

須津城跡(京都府宮津市)

城跡は京都府宮津市須津/倉梯山にあって、国道176号線に架かる須津大橋の南側にあり、北近畿タンゴ鉄道「岩滝口駅」から見れば、南東側の丘陵先端部に位置している。当時は田辺氏の居城を伝えるが、この丹後地方の勢力のほとんどが一色氏の傘下にあった事を思えば、一色氏と同様に細川氏によって滅亡への道を辿らされたか、あるいはそれと同時に細川氏に下ったものか、どちらかである様には考えられる。詳細は不明

城跡へ訪れるには、先に触れた北近畿タンゴ鉄道「岩滝口駅」を目指し、城跡へ訪れるスタート地点ともなる須津姫神社を目印とすれば一番分かり易いと思われる。車で向うなら国道176号へ進入する事が先決となるが、ルート図に記した様に、国道からは須津大橋手前(西側)の側道より高架下を潜り、そのまま南下すれば迷わず神社付近までは到達出来る筈である。車はこの付近に自己責任において駐車するしかないが、ここから概念図に示した進入口(画像に注目)まで歩き、社殿背後から墓参道を利用して上れば、直ぐにでも高低差10m前後の切岸を伴う、凄い堀切が迎えてくれる筈である(神社から歩いても10分内)。

1_1_3 登城ルート

7 川沿いの進入口

1_2_5 城跡概念図

この山城も丹後地方においては珍しくはなくなったが、司令塔にも思える突出した高さに設けられた主郭を特徴としており、その周囲における切岸斜面は人馬も寄せ付けないほどの崖状斜面に近いものである。これだけでも見応えは充分感じられるが、主郭には櫓台土塁と呼ぶに相応しい、高低差を伴う大型の土塁も備わっており、その背後を断つ大堀切と並んで城跡最大の見所と言えるものになっている。

15_kita_horikiri_3 北大堀切見所

20_kita_dankaku_gun_1 北段郭群

25_shukaku_heki 山の様な主郭切岸見所

31_yagura_heki 主郭と櫓台大土塁見所

31_horikiri 南大堀切見所

33_higasi_kaku_sokuheki 東郭側壁

38 東段郭群の切岸

個人的には未だ鋭角な状態を保持しているこの堀切と北側の尾根を断つ堀切は、上ってまで窺うに充分な遺構と目に映ったが、形態そのものは単純な縄張りプランで築かれたものであり、特に縄張り妙味を感じるまでには至れなかった。しかし丹後地方における山城独特の形態でもある、突出した高さに位置する主郭、あるいは低山にありながら険峻さを誇るその様相は、山城としての醍醐味は充分満たしてくれるものであり、山城ファンの方に限って言えば、是非お薦めの城跡の一つと言う事にはなるだろう。ただ現状(四月)の、冬枯れ後にも拘らずこの荒れ放題の様相(移動にさほど難渋はしないが、低草木が相当蔓延る)は、一般城跡ファンあるいは史跡ファンには少し厳しいかも知れないので、中々お薦めし難いのも本音である。一言付け加えれば、梅雨から夏季にかけての訪問は厳しいものが予想されるので、出来れば避けた方が無難かとは思われる。

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

takuさま
この城址は6年前に訪問ですが、記憶にありますでしょうか。
私は過去殆ど宮津市の山城は訪問していなかったことに気が付き、この週末訪問しました。
天橋立に家族で訪問したのは約20年前。勿論その時は城マニアではなかったのですが、幾つかの山城から天橋立の砂州が見えたのは嬉しかったです。

私なりの宮津市の山城の特徴は下記です。
・低山が多い。が急峻。遊歩道がない踏みあと程度の山城ではかなりの藪化がされている。根性マスト。お蔭でタイツが結構破れてしまった。
・高い落差のある切岸が特徴で、主郭等も高い切岸に郭の面積が広い。居城としたら、こんな処に居城を作ってもこの切岸を登るのは困難で余程相手が信じられないのかも知れない。一色氏乃至その家臣の執念を感じた。

今回も色々と参考にさせて頂き深謝します。

ここは低山ですが、かなりの遺構が沢山残っており、感激しました。適度に荒れてはいますが、高い切岸と段郭の連続は
かなりのレベルで大満足でした。下りは天然大規模空堀を降りました。

TAKUです、上野城における訪問後のコメントも拝見させて頂きました。
この須津城の切り立つ切岸や、V字形堀切の醍醐味を思えば、あのコンパクトにまとまった縄張りの掴み易い、整合感のある上野城での遺構は随分霞んで見えた事と思いますが、丹後の山城は何といっても、見事過ぎる切岸に尽きますね!
ヒデさんも感じられた様に、低山であるが故に城郭としての防備は切岸に頼るしかなかったものと考えられますが、、、、
当然上野城同様、今でも充分記憶に残っております。他の丹後の山城と同様に、薮化が随分進行中にあるのが、非常に残念な処でしたが、、、

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