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2010年4月22日 (木)

姥ヶ城跡(京都府綾部市)

この城跡は綾部市五津合町向上山にあって、先にリポート掲載を終えた比丘尼城の直ぐ真北側に位置する低山山上に位置している。城史に関しての情報は皆無に近く詳細は不明であるが、隣接する比丘尼城が古い時代(何時まで遡るかは?)に蔵持氏の居城を伝えており、城の成立はほぼ同時代かも知れない、比丘尼城が館城、あるいは陣城の性格を備えているのに対して、此方は自ずと山上詰城の性格が窺えるものでもある。ただ個人的に比丘尼城は利便性に優れている事からも、改修が施されながらも戦国期を乗り切った城跡の様には見受けられたが、此方の山城は古い形態のまま改修も施されず、そのまま廃城になった可能性が高い様には見受けられた。

1_1 登城ルート

5 城跡進入路

8 直登口

1_4 城跡概念図

城跡を訪れるには、比丘尼城を起点としてルート図を窺えば一目瞭然とは思えるが、その谷間に挟まれた休耕田には沢水が流れ込んでおり、既に湿地帯(沼地に近い)と化しており、最短移動ルートとなる北側の休耕田を横切って山上までの直接移動は叶わず、比丘尼城概念図に記した様に、西端の民家脇を通過しての遠回りの移動訪城は余儀なくされる状況となっている。直登進入口まではルート図に記した赤ラインを辿れば良いが、畦道あるいは山道で繋がっているので、分かり難い事はないだろう。画像に示した場所から直登すれば、藪漕ぎも無く5分内(比丘尼城からは10分強)で山上主郭には到達出来るものとは思われる。

14_minami_yagura_2 南櫓台土塁見所

18_nakaku_1 中郭

20_karabori_sikiri_1 空堀土塁と仕切り土塁見所

31_nisi_karabori_1 西側空堀土塁見所

29_horikiri_2 堀切見所

27_shukaku_dorui_1 主郭端の土塁跡

24_shukaku_minamigawa 主郭南側

現状(三月)山上にはまだ積雪が残っていたが、概念図に示したまでが踏破に及んだ地域及び判別確認出来た遺構群である。この城跡の特徴でもあり見所となるのは山上本郭群の周囲を巡る空堀土塁で、長年の堆積物や風化によって相当埋もれてはいるが、充分目は楽しませてくれている。その数箇所には空堀を遮ったか、あるいは移動用(土橋機能)に用いられたものかは分からないが、仕切り土塁とも思われる土橋地形は窺われた。主郭北側には僅かに土塁跡が残り、その背後には唯一の堀切が備わっている。主郭自体は風化によって切岸も曖昧になっており、僅かな切岸と郭段差で何とかその境が分かる程度、西斜面から西麓にかけては数段の削平地、あるいは広い屋敷跡地形は窺えたが、当時のものか後世に営まれたものかどうかは、地形からの判断では不可能とも思えた。ただルート図に示した南側には、自然地形を取り込んだ形の巨大空堀を挟んで、広大な削平地を窺う事が出来たが、この一帯は現状矢竹で覆われてはいるが、城跡の形態から考えても居住空間が存在したか、あるいは駐屯地的な機能を持っていた場所と推察出来るのかも知れない、、、?

個人的に城跡を評価すれば、比丘尼城と隣接する事からも、当然両城併せた同日訪問は考慮に入れたい所でもあり、今まで掲載してきた上林地区における山城巡りの一環として考えれば、訪問の手ごたえは充分感じられる様には思えるのである。

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