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2010年4月18日 (日)

高妻山城塞群(京都府宮津市)

この山城は高妻山(山上郭)城跡として既にリポート掲載したものだが、前回の訪問においては中々余裕を持たせた見学も叶わず、気になっていた北東尾根を覗く事も出来ずに、後ろ髪を引かれる思いで山上郭を後にした苦い記憶が残っている。今回は先に記事掲載した「判明した城跡呼称 3」でも触れた様に、地形図からも本郭群が存在するのではないかと思われた事もあって、気になっていた北東尾根の探索の為に再トライする事になったものである。

結果的には小規模な山上郭群を遥かに凌駕するほどの、高妻山城本郭群と呼ぶに相応しい城跡に遭遇する事になったが、前回訪問時に地元で城跡を尋ねれば、かつて山上郭には箕面神社が建立されていた事もあってなのかも知れないが、城山としての認識は此方の本郭群の方ではなかった。この本郭群の自然に任せたままの荒果てた様相は、近年山に入った人も限られて来る様には思われたが、この城跡はこのまま風化に任せて自然と一体化し、更に地元の人々からも忘れ去られて行くのが目に見えている様でもあり、残念と言う言葉しか浮かんで来ないのが現状でもある。今回のリポートでは、この便宜上の本郭群は山上郭と比べて圧倒的に規模が勝る事から、高妻山城塞群(本郭群)として掲載に及んだが、公あるいは郷土史などでは山上郭群と本郭群は区別されており、違う城跡呼称が付けられているのかも分からないので、そこは柔軟に対応して頂きたい。ただ今回も山頂から三方に延びる枝尾根全てに渡って踏破確認した訳ではないので、遺構も決して概念図に示した限りではないものとは思って頂きたい。

1 登城ルート

5 進入口A

1_2_2 1_3_2 城跡概念図

城跡は京都府宮津市上司にあって、ルート図でお分かり頂ける様に、前回掲載した高妻山上郭群から見れば、海に向いて迫り出した北東尾根上にある。城跡への最短直登ルートは進入口Aを画像に載せた国道沿いからで、そこから下に向いて下りて上れば、直ぐにでも郭跡の転用地とも見受けられる、かつての神社跡に到達出来る筈である。そこから尾根に沿って連なる郭跡を確認しながら上れば、途中から山道に合流可能であり、主郭背後の堀切までは迷わず辿り着けるとは思われる。個人的には進入口Bより上ってAに下山したが、進入口が分かり易く主郭まで上り易いのは進入口Aの方だろう、、。

9karabori_dorui 東郭群最上段の空堀土塁見所

11 主郭東側の凄い!切岸

11_shukaku 主郭内の現状

12_nisi_horikiri_1 主郭西背後の堀切見所

13_kita_dorui_karabori 主郭北側の土塁空堀見所

14_horikiri_1 中央片堀切見所

17_dorui_kaku 北郭群の土塁見所

25_obi_heki 帯郭より北郭切岸

城跡の見所は、ほぼ概念図に示した通りだと思って頂ければ良いが、突出した高さにある主郭の切岸は、他の丹後地方に存在する山城と同様に「凄い!」と言った表現でしか言い表せないものであり、城跡にあっては抜群の存在感を誇っている。この城塞群は山上郭の形態は古そうにも窺われ、風化は著しい(堀切は判別し難い)が、本郭群の方は状態は悪い(東郭群は雑木密生につき最悪)が、木々を避けて歩き回れば、遺構は明確なものが拝める筈である。遺構は目白押しとは言わないが、土塁、堀切(空堀)、縦堀と言った具合に、山城を構成する遺構は全て眼にする事が可能でもある。

城跡を個人的に評価すれば、山上郭と本郭を併せた同日訪問が高妻山城の本質を探る上では良いのかも知れないが、麓から山上までの上り下りを考えると、遠距離訪問者にとっては少し厳しい山城巡り(夏季は更に厳しいだろう)となるかも分からない。しかしどちらにしても、是非お薦めの山である事だけは断言出来そうにも思われたのである。

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