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2010年4月29日 (木)

音羽北城(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市音羽にあって、次でリポート掲載予定の音羽氏城から見ればルート図の如く真西側の丘陵先端に位置しているが、訪問結果としては音羽氏城の出城機能?を持った城跡の様にも窺えた。城史に関しての詳細は不明

城跡へ訪れるには、スタート地点によれば様々なルートが考えられるので、ここでは割愛させて頂くが、音羽地区の道路沿いにある「西音寺」を目印として目指せば分かり易いだろう。この音羽地区には先に触れた音羽氏城も隣接している事から、自ずと二城同日訪問は考慮に入れたい処ではある、個人的には先に北城に寄り谷状地形を越えて、そのまま東側の斜面に取り付き最短ルートを直登したが、山上へ到達するまでは藪漕ぎを強いられた事からも、これから訪問される方にはどちらを先に見学したとしても、ルート図の如く一旦城山を下りて少し遠回りにはなるが、無難に山道から向われる事をお薦めしたい。概念図(画像に進入口)に記した山道から向えば、5分もあれば迷わず辿り着けるとは思われる。

1_1 登城ルート

4_yamamiti 道路沿いからの進入口

3ok 城跡概念図

城跡の形態としては北端に堀切を備え、丘陵上ほぼ二郭で形成されているものであり、現状(三月)判別確認可能な遺構群は概念図に示したが、この城跡には未だ主郭を巡る土塁内壁、櫓台土塁内壁、あるいは郭外壁随所に石垣痕が残っており、数百年に渡る風化及び相当な堆積物(4~5m前後)を考えれば、小規模な城跡には似つかわしくないものでもあり、当時においては充分石垣城が想像されるものでもある。現状だけを単純に窺えば、崩落石の状態からも土留め石程度にしか見受けられないが、櫓台内壁あるいは土塁底部を掘り起こせば、まだ石垣が眠っていそうとも思えるのである。見所はもちろん郭周囲を巡る土塁及び石垣跡(石垣痕程度)と言う事にはなろうが、主郭櫓台北背後には埋もれて浅くはなっているが、土塁を挟んで二連の空堀跡も充分目を楽しませてくれている。全体の状態は人の手が入らず自然任せの藪化は相当進行しているが、遺構はほぼ完存とも見受けられる状態で自然保持されており、郭内は雑木(枯れ木)によって多少見通しは利き難いが、小規模な事も手伝って移動に差し支えるまでには至ってはいない。少なくとも個人的に概念図に示したまでの遺構は全て確認出来る筈である。

7_kita_horikiri 北端の堀切

12_karabori 主郭背後の空堀見所

14_yagura_dorui 櫓台大土塁壁見所

17_isi 石垣跡見所

19_nisigawa_dorui 土塁壁の石垣痕

20_nisi_gaiheki_isi_1 土塁西外壁の石垣跡見所

城跡を個人的に評価すれば、郭総全長50mにも満たない砦規模の城跡ではあるが、現存する遺構群から当時に思いを馳せる事も容易く、車を停めて5分程度で主郭まで到達可能なお手軽感、更に遺構残存度も含めて、後でリポート掲載予定の音羽氏城も併せた同日訪問とすれば、間違いなく薦め出来る城跡と目には映った。もちろんこの二城を見学する事によって、音羽地区に築かれた二城の本質が見えてきそうに思われるのは言うまでもないが、、。

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