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2010年4月 8日 (木)

高藤氏城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市石川にあって、芝出集落の北西側にあるほぼ独立した丘陵上に位置している。名が語る様に高藤氏の居城と伝わるが、詳細は不明。

城跡を訪れるには、名阪国道「壬生野」ICが最寄の乗降口となるが、既にリポート掲載を終えた陽夫多神社のある宮山城を起点とすれば分かり易い。ICを降りればそのまま県道49号へ合流して北進、「阿山中学校」の信号で674号へ左折針路変更、後はルート図あるいは概念図を参考にして頂ければ、難なく付近までは辿り着けるとは思われる。直登取り付き口は概念図に示したが、道路脇から直ぐに目に留まる空堀道に見える地形(画像に注目)から進入して、左手側の斜面に取り付けば、そこは既に城域と見受けられる地域でもある。

1_1_2 登城ルート

6 進入口

1_2 城跡概念図

山上郭群はほぼ二郭構造で、最高所に位置するのが主郭と呼ぶに相応しく、四方を低土塁で囲まれた方形郭となっており、土塁の北側と東側は堀切によって遮られている。便宜上の副郭には高低差を伴う分厚い土塁が付随しており、この形態からも伊賀の定番中の定番でもある館城は充分想像させてくれる。自ずと縄張りプランに斬新な箇所は見受けられないが、本郭群が山腹に築かれておらず、独立した山上最高所に築かれている部分が多少他と違う部分であり、少し新鮮に感じられた部分でもある。現状、主郭周囲は植林地となっており、間伐されてはいるが画像でお分かり頂ける様に、伐採された枝葉によって地表の露見した箇所は皆無に近く、細部に渡る見学は困難を来たす状況でもある。副郭側は更に雑木が密生しており、今回概念図に描いた郭形状は推察を含めたものと思って頂きたい。取り合えず概念図に描いたまでが判別確認可能な遺構であり、目に留まった遺構と言うことになるが、見所としては両郭に付随する土塁、堀切(二箇所)、土塁虎口は当然挙げられるだろう。尚、主郭西側あるいは南側斜面は全域が低草木に覆われており、視認も困難な状況にある為、(山上から西麓の集落までは見通せるが、、)縦堀の有無までは確認に至れなかったので、どうぞ悪しからず。

10_horikiri_gawa 進入口付近から堀切側

31_shukaku_dorui 31_shukaku_dorui_4 主郭土塁見所

29_kita_horikiri 堀切見所

28_shukaku_koguti 主郭北虎口見所

個人的に城跡を見る限り、他の伊賀で見受けられる館城の多くは、民家あるいは農地が迫っているせいもあってか、土塁が消失して更に人の手が加わったりするケースも多く、その原形は想像に委ねられる部分が多いのだが、この城跡に関しては自然任せの山上に位置する事もあってか、ほとんど地形改変は受けていないように感じられたのである。よって個人的には当時の状態を今に残す貴重な城跡とも思えたのだが、状態が良く無いので是非お薦めとは言えないのが難点な部分ではある。

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