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2010年4月14日 (水)

判明した城跡呼称 3

この度、信頼出来うる外部情報、あるいは訪問後の追跡リサーチによって、個人的には城跡遺構と判断してリポート掲載には及びましたが、無名に近い城跡の為に情報も乏しく、城跡と断定するまでには至れなかったものが、今回一部判明しましたのでお知らせしたいと思います。

1) 川北山ヶ市城(京都府福知山市)1

前回記事の一部と概念図

この城跡は(仮名)川北城跡として2009.1月に紹介しましたが、その後の信頼出来る外部情報、あるいは重なる追跡リサーチから判断した上で、やっと「川北山ヶ市城」であると断定出来るまでに漕ぎ着ける事が出来ました。もちろん無名に近い城跡のほとんどがそうである様に、郭跡には当然城址碑もなく、明確に城跡とするには決定打とも言える深い堀切跡もなかった(土塁は窺われたが)事、公的資料にもピンポイントで所在地が記されていない事から、呼称判明に至るまで長い間時間を要した訳ですが、、、取り合えず気になっていた方には朗報になるのかも分かりません。

2) 後野愛宕山城Photo

この山城は随分前のブログ記事に遡りますが、丹後金屋城跡(京都府与謝野郡)を紹介した際に、個人的には城跡遺構と判断しましたが情報も乏しく、前回はただの城跡遺構として金屋城跡と併せてルート図を掲載したものです。しかし今回追跡リサーチによって、やっとその中で城跡遺構としたものが、「後野愛宕山城」の呼称を持った山城と判明しました。再びルート図を載せましたので参考までに、、、

3) 百合東城3yuri

この山城に関しては、以前京都丹後地方の城跡カテゴリーの中で丹後温江城跡(京都府与謝野郡)の枝尾根先端に位置する城跡として合西城を紹介しましたが、個人的には当然あって然るべき、相対する百合東城も同時に探し求めてきました。前回の山城巡りの中では探し出す事が叶いませんでしたが、今回の再訪、あるいは追跡リサーチした甲斐もあって、やっとこの度、以前温江城跡のリポート掲載をした中で、既に概念図の中に描いた南麓枝尾根の一部に相当する南郭が、百合東城と呼ばれている事が判明しましたので、改めてお知らせしたいと思います。

4)高妻山城(京都府宮津市)

この山城に関しては判明した城跡呼称の中には入りませんが、前回山頂部に位置する郭群を高妻山城としてリポート掲載したものの、山上郭群は規模も小さく詰城の域は出ないものであり、個人的にはまだ未踏に当たる北東尾根に本来の本郭群が展開されている様に思えた事から、今回再び当地を訪れての探索となったものです。そこでは山上郭群を遥かに凌駕するほどの、本郭群と呼ぶに相応しい郭群が展開されておりましたが、この訪問リポートは高妻山城塞群として近日中にリポート掲載に及びたいと思いますので、前回のリポートで興味を抱かれた方、あるいはまだ未訪の方は是非楽しみにして頂きたいと思います。

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