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2010年4月24日 (土)

小田宿野城跡(京都府宮津市)

この山城に関しては、前回中津山城を訪れた際に地元の方より「ここより更に原発側に向えば当時小倉氏の居城と伝わっている小田宿野城がある」と言った情報を得た事から始まるが、その時は詳しい所在地も分からぬままであった事から、今回の宮津地方の山城巡りの中では是非探して訪れるつもりでいた。城跡の位置は既にリポート掲載を終えた中津山城を起点とすれば、ルート図を見れば直ぐにお分かり頂けるとは思われるが、宮津市小田宿野/城司ヶ谷にあって、永福寺」の直ぐ西側の丘陵上がそれに当たる。当時の城主として挙げられるのは小倉筑前守と聞いたが、一色氏の重臣の一人でもあった上宮津(喜多城)城主、小倉播磨守の一族とみてまず間違いは無いものとは思われる。中津山城主は堀江氏と聞いているが、この人物も小倉氏一族の一人なのかも分からない(推察)。

1_1 登城ルート

5 進入口

1_2 城跡概念図

城跡へは、寺院敷地内にある小さな消火用水池背後(画像に注目)から上れば、直ぐにでも当時の居館跡とも見受けられる広大な削平地に到達可能であるが、本来の山上郭はその背後の直立に近い数十mもある切岸壁を上らなければならない。流石に防備とした切岸とあって人を寄せ付けないのも当たり前だが、この激斜面を窺うだけで腰が引けそうになる、一気に上るには無理があるので縦土塁側から斜面を斜行して上ったが、5分とかからず主郭には到達出来た。

9_yasiki_1 居館跡(推察)

10_yasiki_dorui 居館跡の大土塁見所

15_kita_dai_dorui 縦土塁見所

21_minamikaku_yori_shukaku 主郭南切岸

25_horikiri 堀切見所

22_shukaku 主郭内の現状

現状(四月)城跡は相当藪化が進行しているが、冬枯れ後ともあって移動に支障を来たすまでには至っておらず、主郭背後の堀切から東側に至るまでの遺構は、ほぼ判別確認可能な状態にある。この城跡の形態は館城の様相でもあり、山上郭は詰城あるいは物見機能が想像される小規模なものであるが、主郭は突出した高さ(丹後地方の山城の特徴)にあり、周囲は崖状の切岸となってそのまま谷あるいは麓まで落ち込んでおり、山城の醍醐味は充分味わえよう。個人的にはこの山城の急峻な佇まいだけで、充分満足感は得られたのではあるが、目に留まる遺構は非常に少なく、郭跡を除けば、堀切、切岸跡、土塁だけに限られてくるのが現状でもある。

尚、今回の山城巡りの一環として宿野山城も同日訪問したが、この規模の小ささ(砦規模)からすれば、恐らく小田宿野城の出城程度の城跡であったものかもしれない。見応えのある遺構に巡り合える事は叶わなかったが、取り合えず見たがままの概念図は載せた(興味のある方が覗く分には決して無駄足には終わらないとは思われたが、)。

5_2 宿野山城の概念図

3 山上主郭

4_2

三段帯郭の切岸

 

この栗田湾内にある城跡は、この城跡も含めて中津山城、小田宿野城、高妻山城、小寺山城と、ほとんど訪れた計算にはなったが、まだ未訪の方には中津山城、高妻山城、小田宿野と、この三城は遠距離でも早朝より出向けば余裕で同日訪問は可能であり、タイプの異なる三城の山城巡りを是非楽しんで頂きたいと思うのである。

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