« 折山城跡(京都府綾部市) | トップページ | 高藤氏城跡(三重県伊賀市) »

2010年4月 6日 (火)

山内城跡(京都府綾部市)

城跡は綾部市睦寄町山内にあって、大きな谷間にある「二王公園」パターゴルフ施設から見れば、直ぐ西側に聳える山の山上に築かれている。当時は高田豊後守の居城が伝わるが、この人物は本来は織田信長の家臣であり、上林氏の居城でもある上林(カンバヤシ)城を攻め落とした人物でもある。一時的に城は返還した模様であるが、後に高田氏が上林地区を領有したとも伝わっている。追われた上林一族は十家に及ぶものと伝わっており、後に秀吉に重用されて宇治茶の支配を任された(宇治地区を領有したか?)人物でもあるが、徳川時代までその地位は維持していたと伝わっている。尚、多くの文献資料に目を通した訳ではないが、この山城は「奥上林城」とも呼ばれているらしい(支城としての意味かも?)ので、この山内地区に別にもう一城、異なる城跡が存在する訳ではない事の再確認は必要となる。

1_1 登城ルート

6 直登取り付き地点

8_1 直登ルートの現状

1_2_2 城跡概念図

城跡を訪れるには上林川に沿った唯一の県道1号線を利用して向えばよいが、目印となる「二王公園」は、睦寄町に入れば道路沿いに案内道標が設置されている事からも分かり易く辿り着けるとは思われる。山上まで上る事の可能な山道は現状存在しておらず、直登は余儀なくされたが、直登進入口となるのは概念図(画像に注目)に示したパターゴルフ施設の道路脇付近で、その谷状地形を少し入った箇所から山上を覗けば、見通しが利く為に切り立った主郭切岸、あるいは堀切付近までも視界に入る筈である。この直登ルートは間伐後に放置された木々、あるいは倒木の為に多少上り辛いが、そのまま上り切れば堀切には10分内で到達出来るものとは思われる。個人的にはピンポイントで所在地を特定する事が叶わず、遠く南側尾根からの直登を余儀なくされたが、これから訪問をされる方には、積雪にも拘らず容易に下山出来た事からも、迷わず概念図に示したルートで上って頂きたいと思うのである。尚、南側尾根上は削平地と見受けられる地形は存在したが、明確にそれと分かる堀切、切岸などは目に留まらなかったので、取り合えず参考までに、、、。

14_sita_horikiri 堀切

20_shukaku_heki 主郭切岸

21_gedankaku_yori_shukaku_heki 郭1より主郭

25_gedan_kaku2 郭2

27_kita_demaru 北出郭

城跡の形態は主要三郭で成立したものであり、山上本郭群の規模は小さく全長70mにも満たないほどの、砦規模の山城と言えば分かり易いかもしれない。目に留まった遺構はほぼ概念図に記した通りだと思って頂ければ良いが、郭跡を除けば土塁、堀切と非常に数も少なく、更に四方に広がる枝尾根が少ない事を思えば、郭の展開にも限りがあり、城域もほぼ推察出来そうには思われた。ただ低山ではあるが、山上周囲は崖に近い切岸となって麓まで落ち込んでおり、険峻極まりない山上に築かれた様相は正しく山城のそれであり、個人的には切岸だけでも見応えは充分であり、上ってまで窺う価値はあるものと感じられたのである。冬季(三月)にも拘らず常緑樹が多く目に付いたが、この規模を考えれば決して移動に難渋する状態までには至っておらず、上林地区における山城巡りの一環として赴けば、充分満足感には浸れそうには思われたのである。

« 折山城跡(京都府綾部市) | トップページ | 高藤氏城跡(三重県伊賀市) »

京都(綾部)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山内城跡(京都府綾部市):

« 折山城跡(京都府綾部市) | トップページ | 高藤氏城跡(三重県伊賀市) »

無料ブログはココログ