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2010年3月22日 (月)

梨子ヶ岡城跡(京都府綾部市)

この山城はルート図を見ればお分かり頂ける様に、既にリポート掲載を終えた赤道城とほぼ隣接しているが、前回の同日訪問時には積雪で、上るには多くのリスクを感じたので踏破を断念した経緯がある。今回は積雪のない事を確認した上での再訪となったが、結果的に山上では無数に刻まれた畝状空堀、スケールの大きい二重堀切、三重堀切と素晴らしい空堀群に巡り合う事が出来た。城跡自体は砦規模の小さな山城なのだが、急斜面に掘削された技巧を伴う畝状空堀、大土塁を伴って縦堀に繋がる連続堀切などの様相は、正しく険峻な山上にある山城でなければ味わう事の出来ないものであり、その醍醐味は半端なものではないとも思えた事から、是非訪問をお薦めしたい山城としてリポート掲載に及んだ。尚、城史に関しては坂田氏の居城が伝わるだけで、詳細は不明となっている。

1 登城ルート

7_jiin 登城口「玉泉寺」

1_2 城跡概念図

城跡は綾部市武吉町梨子ヶ岡にあって、訪れるにはルート図の如く赤道城を起点とすれば分かり易い。登城口となる「玉泉寺」を目指せば、道路沿いにはその道標も設置されているので迷わず辿り着けるとは思われるが、寺院(無住?)からは墓地背後をそのまま上り切れば、5分とかからず堀切までは到達出来るはずである。この山城の形態そのものは、以前但馬の山城で紹介した大江堀城、あるいは浅間小城と比較すれば分かり易いとは思われるが、何れも低山山上にある事、小規模な事、畝状空堀が郭壁全面に刻まれている事などからも、相通じる部分が多く見受けられ、機能としてもこの防備に優れた堅固な様相を思えば、当時の支配者にとっても重要な城跡であった事は充分窺えそうに思える。

9_kita_horikiri_dorui 北堀切見所

9_kita_horikiri_dorui_1 北側、縦堀に繋がる堀切見所

15_higasi_une_5 東側畝状空堀見所

21_shukaku_gedan 山上郭の現状

20_3jyuu_horikiri_1 20_3jyuu_horikiri_7 三重堀切見所

23_nisi_2jyuu_horikiri_1 西、二重堀切と土塁見所

現状(三月)城跡は当然藪化進行中にあるが、冬枯れしている状態(常緑樹は多く蔓延る)でもあり、見学に支障を来たすまでには至っておらず、概念図に示したまでが踏破確認出来た範囲だと思って頂ければよい。当然ほぼ全ての遺構が判別確認可能な状況にあるが、畝堀に関しては斜面に木々も多く蔓延り、更に長年の風化あるいは堆積物によって相当埋もれており、よく見れば単純に縦堀として削られただけには終わっていない、技巧を伴う箇所も存在するので、注意深く目を凝らして窺う必要はあるだろう。尾根を断つ堀切群は南、北、西壁にそれぞれ備わっており、特に主郭南側に設けられた重の堀切は、大土塁を間に挟んだものであり、高低差を伴う事からも正に圧巻と呼ぶに相応しい遺構と目には映った。もちろん三方に備わる堀切は、どれも高低差のある切岸の醍醐味に触れる事が出来るので、自ずと見応えがある事は言うまでも無いが、、、。規模の小さな山上郭群は大小交えた四郭構造であり、現状相当雑木が蔓延っているので見通しも利かず、全体像を拝む事は出来ない状況にあるが、この山城は空堀群の見学、あるいは突出した山上郭の切岸の醍醐味が全てとも言い切れるので、大して問題にはならないだろう。

個人的には悪天候の為に、沼ヶ谷城、赤道城と、三城併せた同日訪問は出来なかったが、これから訪れる方には、同日訪問する事によって明確に縄張り形態の違い、あるいは機能の違いにまで目を向ける事も出来るので、是非三城併せた山城巡りを楽しんで頂きたいと思うのである。

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コメント

takuさん
今回の綾部市巡りで1番感動したのはこの城址でした。
takuさんは6年前にご訪問ですが記憶ありますでしょうか。
寺の左脇から開閉フェンスを開けてやや荒れた道なき道を約5分で小さな主郭へ。
ここまではなんとも思わないと思った瞬間奥には見事のな三重堀切。美しく感動しました。東西には畝状竪堀。
風雪400年以上経過にもかかわらずよく明確に残っているなと思いました。

ここまで立派な畝状竪堀を造築した城主はとても財力あったと思います。比較的低山でこれだけ遺構拝めるのは大変お買い得の城址と思いました。是非このまま遺構は残って欲しいです。これだけの大規模の畝状竪堀はこの地域珍しく涎が垂れました。
いつもありがとうございます

TAKUです、nnnnヒデさんなら既にこの城跡は訪れているものと思っておりましたが、今回も同じ感動を共有出来たことに満足感で一杯です。
この山城は、同じ畝状空堀を特長とする但馬の大江堀城と並んで、私自身一生記憶に残るであろう城跡の一つですが、その秀逸な縄張りプランもさる事ながら、楚々とした小さな城跡に凝縮された遺構の数々には圧倒されました。
今後、府史跡として保全整備される事に期待したいところですが、今までその様子もなかった事を思えば、多くの山城と並んで忘れ去られていく城跡なのでしょうね。非常に残念な事ですが、、、

takuさん
印象残った城址は少々年数が経過しても記憶にあるのは流石ですね。
大江堀城址。。。懐かしいです。HPを参考にさせて頂きながら遅れ馳せながらの御礼で恐縮ですが私は4年前に訪問していました。甲乙つけがたいレベルです。大江堀城址は地域で珍しく石塁がかなり残っていましたが、この城址の三重堀切のこれほど見事さ、主郭よりクッキリ見えるのは本当に感動で、二重瞼の美人に出会ったような気分です。
今回の綾部市で別な意味で記憶に残った城址は別投稿しますね。

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