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2010年3月20日 (土)

東本荘市谷城跡(兵庫県篠山市)

城跡は篠山市東本荘市谷にあって、先リポート掲載を終えた口県守城からみれば、遠く北西側の山上に位置しており、自ずと出城と本城の関係は成立しそうには思われる(推察)。この山城は個人的にも存在の認識は充分ありながらも、地形図から見ても登り難く、時間も相当有する事が考えられたので長い間登城を控えていた、今回は口県守城との同日訪問でやっと訪れる事が出来、自然任せの藪化進行中にはあるが、訪問時期が多少良かったせいもあり(積雪はあるが見通しは効く)、山上に現存する遺構群及び縄張りの把握までは何とか漕ぎ着ける事が出来た。結果的に状態は悪いが「これぞ山城」と呼ぶに相応しい城跡と感じられた事、あるいはこれから春先までの訪問であれば、山上における遺構はそれなりに見学可能な事が予想(夏季の訪問は困難が予想される)されたので、まだ未訪でこの山城に少なからず興味を抱いていた山城ファンだけを対象とした前提でリポート掲載に及んだ。

1 登城ルート

10 直登取り付き口

1_2 城跡概念図

城跡へ訪れるには、ルート図の赤ラインを辿れば分かり易いとは思われるが、麓におけるスタート地点となる寺院横からは林道が衣笠山に向いて繋がっているので、それを途中まで利用して上る事になる。この林道は未舗装ではあるが道幅があるので中型車までなら充分直登口までは上れそうには思えたが、、、、今回の登山で直登取り付き口として目印となるのは概念図に記した小橋(画像に注目)で、その右手側の踏み跡から山上まで繋がる凄い縦堀(人為的に見えた)に沿って登れば、時間も距離も最短で到達出来るとは思われる。ちなみに個人的には小橋先から取り付いて(Bルート)、下山をAルートで下りたが、Bルートの登り後半は地表も見えないほどのシダで覆われているので(ただし一部で車を路駐した場所まで見通せる、麓まで眺望の利く箇所がある)、これから訪れる方には分かり易いAルートで登られる事をお薦めしたい。縦堀に沿って急斜面を登れば、小橋から20分程度は要すが、間違いなく東出郭から東端の堀切付近には到達出来る筈である。もちろん城跡南側斜面は、どこから直登しても楽に登れる箇所は絶対になさそうに思えたので参考までに、、、

12_minami_tatehori_2 東端の沢まで繋がる縦堀見所

14_monomi_horikiri 東端物見、堀切跡見所

17_higasi_demaru_1 東出郭

19_horikiri 中央堀切見所

20_3maru_1 三郭

23_obi_yori_2maru_heki 二郭の切岸

30_nisikaku_doruidan 西郭の土塁壇見所

33_nisi_horikiri_1 西端の堀切見所

現状(二月)城跡は、先に触れた様に積雪はあるが移動にも見学にも差し支えるまでには至っていないので、山上において現存する遺構群は余すことなく見て回れそうには思われた。取り合えず概念図に記したまでが個人的に踏破した範囲であり、その中で目に留まった遺構を記したものになるが、周囲の崖状急斜面までは確認していないので、遺構もこれだけには止まらないものと思って頂きたい。見所は険峻な地にある山城の様相、あるいはその形態も含めた全てと言っても過言とは思えないが、特に東端の物見と見受けられる付近の様相(土橋、埋もれて浅い堀切、縦堀など)は、機能を想像するだけで充分楽しめそうには思われた。城跡にあっても状態は決して良いものではないが、この周辺の遺構は絶対に見逃してはならない。他では堀切、縦堀、土塁、虎口跡、溜池跡?比較的状態の良い切岸跡などが挙げられるが、切岸跡は帯郭などで明確に判別可能ではある。全体を通しても特別見応えのある遺構(薬研堀など)が存在している訳ではないが、要所に備わる遺構を機能を想像しながら見て回るのが、この山城を楽しめる一番の方法ではないかとは思われるのである。

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