« 越方城跡(京都府南丹市) | トップページ | 富田愛宕山城跡(京都府船井郡) »

2010年2月 4日 (木)

上木崎城跡(京都府南丹市)

城跡は京都府南丹市園部町上木崎町にあって、既にリポート掲載を終えている、黒田城(別称、片山城あるいは木崎山城)山上本郭より、園部川に沿って東側に延びる丘陵先端部に位置している(黒田城史に関しての概略は地元案内紙をクリックの事)。黒田城と同じ丘陵を共有する事から考えれば、当然その出城であるか、本来は黒田城の城域の一部として東側を守備したものか、自ずと東西広域に渡る黒田城塞群としての城跡の機能は窺えそうには思われる。

城跡へ向うには国道9号を利用するのが一番分かり易いが、園部に入ればルート図の如く府道477号へ針路変更、その後大きな橋の手前で右折すれば直ぐにでも城跡進入口(画像に注目)までは到達可能である。しかし車は周辺非常に狭い生活道路である事からも、橋を渡った西側の住宅地に自己責任において路駐するしか方法はないと思われる。画像に示した箇所から上れば、直ぐにでも城域でもある東端の物見と思われる小さな削平地が迎えてくれるはずであり、そのまま尾根上を西に歩けば自ずと主郭に到達出来よう。

1_1 登城ルート

8 進入口

Kuroda_21地元案内紙より

1_2 城跡概念図

現状(一月)城跡は登山口から主郭に至るまでは木々も少なく、冬季である事からも非常に見学し易く移動し易い状態にあり、概念図に示した遺構群は余すことなく見て回れそうには思える。形態としては直線的な尾根上を削平して築かれただけの城跡でもあり、縄張り妙味には期待出来ず、特に技巧を有した遺構は目に留まらなかったが、東端に近い痩せ尾根上に虎口とも窺える堀切主郭には土塁、主郭西背後には大規模な空堀箱堀状になった郭側面には土塁、あるいは縦堀と、見る者を楽しませてくれる事は請け合いと思えた。特に自然地形も取り込んだ形の、主郭背後を断つ空堀はスケールの大きいものであり、城跡にあっては一番見応えを感じられた部分でもある。

11_toutan_monomi 東端物見か

16_one_horikiri_1 東堀切(虎口かも)見所

22_nobori_dorui_kaku_1東郭群

28_shukaku 主郭内

30_shukaku_dorui 主郭土塁見所

34_nisi_hakohori_1 西大空堀見所

35_dorui 箱堀土塁見所

更に黒田山上郭群まで尾根続きとなる西側までは踏破出来なかったが、黒田城の城域の一部として、間違いなく城跡遺構が現存している様には窺われた。この城跡の呼称は、地域名を採用して近世に付けられたものだとも思われるが、明らかに黒田城塞群(一城別郭)としてみてよいものであり、自ずと当時この地を支配していた森氏の勢力も窺われるような気がするのである。まだ未訪の方には黒田城と併せた同日訪問、あるいは大村城とは移動距離が短い事からも、三城併せた同日訪問は間違いなくお薦め出来るが、単独としても訪れやすさ、状態の良さを考えれば、一般城跡ファンも充分楽しんで見て回れそうには思われた。個人的には砦らしい風情からか、なぜか少年時代の心に戻らされ、非常に探索心を煽られた山城の一つになったのである。

« 越方城跡(京都府南丹市) | トップページ | 富田愛宕山城跡(京都府船井郡) »

京都府の山城跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/32905213

この記事へのトラックバック一覧です: 上木崎城跡(京都府南丹市):

« 越方城跡(京都府南丹市) | トップページ | 富田愛宕山城跡(京都府船井郡) »

無料ブログはココログ