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2010年2月 1日 (月)

太鼓山城跡(京都府南丹市)

城跡は京都府南丹市園部町船岡池上谷にあって、先にリポート掲載を終えた諏訪山城からみれば、線路及び道路を隔てた直ぐ南東側の丘陵上に位置しており、ルート図を見ればお分かり頂ける様に、移動距離もほとんどなく位置確認も容易いとは思われる。もちろん諏訪山城と同様に城史に関しての詳細は不明でもあり、その城跡としての機能に関しても、見学者の想像に委ねられるのが現状でもある。

城跡へ向うには諏訪山城を起点とすれば非常に分かり易いが、個人的には先に此方の山城を見学して、月を改めて見逃していた諏訪山城の訪問となったが、これから訪れる方には、どちらを先にしても二城同日訪問をお薦めしたい。ルート図中に記した道路沿いにある、小さな神社の向い側の山裾(画像に注目)に取り付いて、そのまま尾根伝いに上り切れば、もあれば山上郭群が迎えてくれる筈である。

1_1 登城ルート

6 直登取り付き口

1_3 1_2 城跡概念図

現状(12月)城跡は見学に差障るまでの状態には至っておらず、木々も少なく植林地(手入れはされていない)のせいもあってか、比較的見通しも利き見学し易い状態にはある。ただ地表は自然任せの荒れ放題でもあるので、判別し易い主郭上の大型土塁(櫓台か)、削平された郭跡及び切岸、縦堀までが明確に判別可能な遺構群と言えるものだろう。ただ南側における縦堀(画像に注目)は当時の空堀道(入城道)とも受け取れるものであり、実際に堀切の機能であったかどうかまでは現状判別は不可能だが、見応えは城跡にあっては取り合えずナンバーワンと言った処か、、。南郭には配水施設が建てられており、明らかに造成整地された形跡が窺えるが、これも当時の郭跡地の転用と考えれば良いものとは思われた。全長100mにも満たない規模の山城なので、遠く南側山上にある蜷川城と尾根を共有している事から察しても、その出城、あるいは北側を監視する砦とも見受けられるのだが、推察の域は出ない。

12_kita_kaku 北郭

13_horikiri 北堀切(縦堀)見所

14_shukaku_kita_heki 主郭北切岸

20_shukaku_yagura_1 主郭内の土塁見所

24_tatehori_2 縦堀見所

25_minami_sakuheiti 南削平地

城跡は丘陵先端部の最高所にあって、丘城と呼ぶに相応しいのかも知れないが、形態あるいはその周囲が切り立った様相そのものは、明らかに山城のそれに近いものがあり、当然山城ファンにおいては充分見学する値打ちのある城跡と目には映ったが、、、。 尚、リポート掲載は少し後になるかも分からない(編集が訪城数に追いついていかない為)が、この山城の更に南側のほぼ独立した山上には、千妻山城なるものが現存しているので、編集の終わり次第掲載の予定。

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コメント

TAKU様
丹波の渡辺です。精力的に桂川沿いの旧山陰道を巡られて、楽しみに拝見しております。近々、回って見たいと考えておりました。漸くして口丹波が終了しますので、今後の参考にさせて頂きます。なかなか、この付近の情報が少なく文献探しに苦労をしております。ではでは。

TAKUです、おっしゃる通りこの桂川沿いに点在している山城のほとんどは無名近いもので、城史などはもちろん当時の城主すら分からないのが多いようです。
個人的には遺構の醍醐味あるいは縄張り妙味を求めて山城巡りをする方なので、城跡の歴史などはその後に文献資料などで軽くチェックする程度になりますが、やはり素性の分からない城跡では、折角訪ねてみても面白味も半滅してしまいます。ただ色々推察する楽しみは増えますが、、、、
私自身は郷土史などに余り目を通さない方なのでよく分からないのですが、やはりこの地区の無名に近い城跡は城史に関しての情報は皆無なのでしょうネ。
冬季でもある現在は、積雪のない南丹地区を重点的に訪問しておりますが、渡辺さんの気になっていた城跡が、リポートに含まれていたのであれば幸いでもあります。

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