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2010年1月15日 (金)

八海山城跡(山口県光市)

城跡は山口県光市光井西八海(ヤカイ)にあって、標高233mの山頂に位置している。古くは(時代までは把握出来ていない)海賊衆であった光井氏の居城とだけは伝わっているが、大内氏傘下の海賊衆であった可能性は高いと思われる、詳細は不明。尚、この光井氏はその後(庶流かも、、)安富氏を名乗っている模様。

城跡へは山陽自動車道「熊毛」ICが最寄の乗降口、県道8号で南下して向えば良いが、ややこしいので割愛させて頂く。最終的に市道346号を走る事になるが、直登口付近には目印となるものも見当たらないので、ルート図を参考にして訪ねて頂きたい。ルートは三通り考えられるが、個人的には多少の藪漕ぎは必要とされる、Aルート(15分)より直登してBルートで下山した。もちろん下山においては東側に展開される縄張りも覗いておきたい気持ちがあったから、敢えて別ルートで下山したのだが、結果的には郭跡と断定可能な削平地、あるいは堀切遺構などは目には留まらなかった。

1_5 登城ルート

4 Aルート進入口

1_2_2 城跡概念図

6higasi_kuruwa_1 東郭

9_shukaku_gawa 主郭側切岸

10_nisi_sekimon 西郭石門か?

11_nisi_kyoseki_dan_1 段状になった巨石

20_minami_kaku 南郭

現状(11月)城跡は、ここ数年人の手の入らない山として藪化も進行しており、見通しも利き難く、郭全体像も中々見渡せない状況となっている。古い形態の山城と窺える様に、空堀といったものは存在しておらず、ただフラットな削平地が存在する程度でもある。山上における縄張りは、ほぼ概念図に描いた通りと見てよいものとは思われるが、主郭切岸跡は明確に現存、主郭西側には自然石を利用した門石らしきもの自然大岩群で遮られた郭跡などは想像に委ねられるが、当然防備の一環として機能していたようにも窺われた。東側には規模の大きいほぼフラットな空間が100m近く連続しており、これも自ずと郭として機能していたものとして、まず間違いは無いだろう。

相当古い時代に築かれたものとも窺えたが、初期山城の形態を色濃く残すものでもあり、堀切などの見応えのある遺構は当然皆無であったが、当時のままを今に伝える城跡としては、ほぼ完存とも見受けられる様相でもあり、史跡価値は充分なものと目には映ったが、、、。自作概念図を見て、興味を持たれた方のみが対象となる城跡と言っても良いだろう。

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