岩吹城跡(兵庫県豊岡市)
城跡は豊岡市但東町木村にあって、既にリポート掲載済でもある「亀ヶ城」の支城でもあり、太田氏一族の居城と伝わっているが、今回は本城から見れば西の抑えとしたこの山城へは年を改めての訪問となった。あの素晴らしい本城から察すれば相当遺構にも縄張り妙味にも期待が持てそうには思われたが、結論から先に述べれば、本城が凄過ぎる為に当然全てに於いて見劣りはするものの、残存遺構としての堀切、連続縦堀、櫓台大土塁、鋭角に削られた郭切岸と縄張り妙味もさることながら、歩き回っても次から次へと目を楽しませてくれる山城であり、藪化は進行中にあるがこの時期(五月)でも存分に歩き回れることが出来る状態でもあり、是非お薦め出来る城跡としてリポート掲載に及んだ。
城跡へは本城でもある亀ヶ城訪問コース(但東町へ京阪神から向うルート)国道426号を経由して「出合」交差点は右折、そのまま国道482号を走れば木村集落手前の道路沿いに目印となる「メモリアルホールおのえ」の看板を確認、後は図に示した様に看板先の墓参道より墓地を経由したルートで、多少踏み跡の残る急斜面を巨大岩壁を右手に見ながら斜行して登れば、10分程度で南側斜面に備わる堀切までは到達可能である。
現状、城跡はこの時期にしてみれば非常に見学し易い状態にあり、概念図に示した遺構群はほぼ判別確認出来る状態でもある。ただ連続縦堀(畝状に見える)にも見えそうな空堀(三条)は緩い斜面上に設けられている事からも相当埋もれており、じっくり全体像を眺めなければ中々判別は難しそうには思える(当然見学者の判断に委ねられる)。見所としては先に述べた堀切(空堀を含めた)群、西郭の防備として設けられた大土塁、南郭の櫓台大土塁は真っ先に挙げられるが、主郭北斜面を数10mほど下りた辺りに展開される、土塁虎口あるいは切岸処理を伴う広大な郭跡(便宜上北出郭とした)も見逃してはならない遺構群と思えた。この郭跡には古来より神社が建立されていたと聞いたが、見る限り雑木に覆われた地表は荒れ放題でもあり、その面影は全く感じる事が出来ず、恐らく当時の広大な郭跡を後世に神社敷地として転用したものとして解釈しても良いのかもしれない。
今回は、山城としての魅力の全てを備えた亀ヶ城が今でも脳裏に焼き付いている事からも、支城としての機能を持つこの山城には出来るだけ先入観を持たずに訪問したが、予想を上回る縄張り妙味、期待した以上の遺構の醍醐味にも触れる事が出来、個人的には充分過ぎるほどの満足感を得る事が出来た。































































