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2009年12月30日 (水)

将監城跡(京都府綾部市)

今年も残すところ後一日となりましたが、「山城賛歌」も今年最後のリポート掲載となりました。今年も出来るだけ情報の少ない山城を対象に山城巡りを続けて来ましたが、個人的に存在は既に認識していながらも、長い間所在地などの特定に手間取り、今回やっと場所を特定する事が出来た上で、念願でもあった「将監城」の訪問を果たす事が出来ました。訪問結果としても今年の大トリを飾るに相応しい山城とも思えたので、急遽編集に及んだところでもあります。まだ未訪で、この訪問リポートを拝見された方には、是非訪問をお薦めしたいと思います。

(本文) この山城は綾部市高津町菅谷にあって、既にリポート掲載を終えた高津八幡城の谷を隔てた背後にあたる、南西側の丘陵上にある。現在の綾部一帯から福知山にかけて威を振るった、大槻氏一族(大槻将監)の居城であり、今までに訪問した丸山城、高城、観音寺城、高津八幡城、高槻城、多保市城、石原城、一尾城など数多くの大槻氏の山城の中の、どの山城よりも縄張り妙味に富んでおり、山城としての規模も大きく、更に遺構の見応え(特に空堀群)も抜群であり、個人的には遺構残存度、あるいは状態(良いとは言えないが山城としてはましな部類)の全てを含めた上で、賞賛に値する城跡と目には映った。最近の山城訪問の中では一番感動を受けて印象に残った、丹後「明石城」より多少印象が劣るとは言え、素晴らしいものと言えそうにも思えたのである。

1 登城ルート

6 城跡進入路

1_2 城跡概念図

ちなみに将監城とあっても、この「将監」は歴代の官名(大槻氏当主の名乗りかも?)でもあり個人名ではないので、歴代「将監」の城ということになるとは考えられるが、、、どちらにしても大槻一族における築城技術の集大成としたものが、この山城からはひしひしと感じられるのである。北尾根先端部の広大な規模の郭跡から始まり、便宜上の北主郭までにかけては規模の大きい郭で全て覆われており、当然その大きさ(一城に匹敵)にも感嘆させられるが、特に先に触れた空堀群は畝状空堀を筆頭として、堀切、縦堀など斜面に佇めば全体像が窺える(木々が少ない)ものでもあり、見応えは抜群で、北主郭背後から南最高所にある山上郭までの間の、空堀群には圧倒される事は請け合いとみた。

14 北郭群

27_tatebori_1 北堀切部分の縦堀見所

28_kita_shukaku 北主郭

30_tatebori 北主郭背後の縦堀見所

32_nisi_une_1 畝堀見所

34_2ren_horikiri_2 二連の縦堀見所

35_2ren_tatebori_2 縦堀側面より

40_sannjyou_unebori_4 山上主郭西の畝堀見所

43_shukaku_1 山上主郭内

城跡へは高津八幡城を起点にすれば分かり易いが、ルート図から分かる様に県道8号より高津駅の向いの道路へ進入して南下すればよい。谷筋は非常に狭い道が連続するが、道標「深谷林道」のある橋の手前付近に駐車スペースはあるので、そこから林道に沿って数十mほど歩けば、右手側の矢竹藪に少し伐採された部分が目に留まるはずである。ここから進入すれば5分とかからず北端の広大な郭跡に到達可能である。自作概念図に示したまでが踏破して目に留まった遺構群になるが、この城跡の規模形態から考えれば、遺構も決してこの限りではないものとは思える。探せばまだまだ隠れた遺構が眠っているようにも感じられるこの城跡は、ほとんど世間に公表されていない事実もあるが、大槻氏を語る上では避けて通れない城跡と思えた事からも、個人的に言えば何としてでも後世まで遺して頂きたいと思える山城の一つなのである(個人所有の山と知った上で、)。尚、ルート図中にある段山城までは編集出来なかったが、来年早々にはリポート掲載の予定

来年も、更に日の当たらない優れた山城を中心にリポートして行きたいとは思いますが、今年同様山城巡りにおけるアシストとして、是非「山城賛歌」のリポートを活用して頂き、その結果として更に遺構見学を充実したものにして頂く事が私自身の願いでもあります。もちろんその先には、城跡遺構を後世まで大事に保全していくといった自身の訴えも多少はありますが、、、 TAKU

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コメント

明けまして、おめでとうごございます。
私は、今日一日休んで、明日から山城に行くことにしています。
今年も一年、色々お教えいただけますようお願いします。

TAKUです、明けましておめでとうございます。
今日からブログを再開して行きたいと思っております。今年も昨年同様に、自分自身が素晴らしい山城と巡り合えることが、ショウカンさんを筆頭に、読者の方と共に喜びを共有する事が出来る、一番の早道とも思っておりますので、更に意欲を燃やして訪問リポートは掲載していくつもりです。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

takuさま
昨日の日曜日は綾部市の山城巡りでうろうろしておりました。いくつかは登城に際し、参考にさせて頂きました。ありがとうございます。

私も隠龍寺に車を停めて少し歩いたのですが、結果的には登城口直前の橋の付近には小型車であれば、2台ぐらいは停車は確保できたかも知れませんが、農業のシーズンはやたら奥に車を停めない方がよいと思いました。

林道分岐点及び登城アクセス地に地元有志と思われる恩恵で道標あり迷わいませんでした。その道標は比較的新しかったので、takuさんが登城の時はなかったと思います。

伐採された山道を登ると数々の遺構が出迎え。自然の地形も活かして嬉しくなりました。段郭、切岸、空堀、竪堀、虎口、土橋、畝状竪堀等。主郭は荒れているがその奥の大堀切見事。石垣以外の遺構は全て勢揃いの印象です。

takuさんおっしゃる通り、城主の大槻氏の財力を感じるし、まるで同氏の集大成の山城はその通りと思いました。大満足です。

ありがとうございます。

ヒデさん、ついにこの山城も踏破されたようですね。
さぞ畝堀の醍醐味に酔いしれられた事と思いますが、リポート後に京都府で調査された結果によれば、郭周囲側壁は全て縦堀が施された、近畿圏内においては類を見ないほどの城跡であるという事が分かりました。
案内標識が掲げられたのは、ヒデさんのおっしゃる通り、その調査後という事になりますが、私も先月数年ぶりに偶然訪れて驚いたところでした。
その時は将監城の対岸尾根上にある、調査後に発見された積場城を訪れる事が目的でしたが、この見応えのある素晴らしい空堀遺構を、より世間に知って頂く為には、最適の手段と心得ます、ただ調査後に製作された縄張り図も、案内板に一緒に添えて欲しかったところですが、、、
ヒデさんも今後再訪の機会があれば、この積場城、あるいはその日別尾根で偶然見つけた新しい城郭遺構も、大槻氏城砦群を究める意味においては、決して避けて通り難い城跡と感じられた事から、既に覗かれた事とは思いますが、八幡山城や段山城などと同様、踏破されては如何でしょうか、、、
この新しく見つけた城郭遺構は、見応えからすればほど遠い山城という事になりますが、薄い堀切が痩せ尾根上に施されていました。ついでとすれば充分訪れる理由にはなると思えます。取り敢えずこの城跡は仮名(遠所城)として、積場城と同様来年リポート掲載を予定しておりますが、綾部を訪れる際には、是非参考にして頂ければと思う次第です。

takuさま
私が訪問の少し前にtakuさまも再訪と聞き嬉しく思いました。その積場城址も是非訪問したいという気になっております。
綾部市の山城は標高が高いのもありますが、比較的低い位置でも空堀、土塁がしっかり残っているのもあり、レンジが広いと思っております。
掲載楽しみしております。

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