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2009年12月 6日 (日)

丹後においては屈指ともいえる巨大城砦 明石城跡(京都府与謝郡)

城跡は京都府与謝郡与謝野町明石(アケシ)にあって、この地方では有名な作山、蛭子山古墳群の真東側の、山上及び尾根上に位置している。

この山城は、京都府の北部全域あるいは丹後地方にあっては、吉原山城、宮津八幡山城と同等か、それを軽く凌駕するほどの規模をもった、明石巨大城砦群と呼ぶに相応しい城郭かとも思われる。四峰に跨るほどの城域は、一般的な山城四城分に軽く匹敵するが如く、大規模を遥かに通り越した郭占有面積を誇っており、現状から窺える遺構残存度の高さ、及び遺構の判別し易さなどを含めなくとも、丹後における山城としては、賛辞の言葉も見つからないほどの、他に比類なき素晴らしい巨大山城と目には映った。

現状、城史に関しては皆無に近い城跡であり、当時は市田氏の居城を伝えるのみでもあるが、これほどの山城が一般的にはほとんど公表されていない事実、あるいはこの丹後地方に存在している事自体が信じられない思いでもある。取り合えずこの山城を語り出せば限がないので、自身が入念ではないが、ほぼ四峰を歩き回って判別確認出来た遺構群を概念図中に示した。もちろん更に北東側に分かれた枝尾根までは踏破していないので、遺構もこの限りではないものとは思われるが、、、とにかく帰宅してもその興奮の余韻が収まらないほど、感動を与えてくれた城跡の一つでもある。

1 登城ルート

4 進入口

1_2 城跡概念図

20_naka 西郭群24_tatehori1_gawa_1

84_daihorikiri_1 神社背後の薬研堀見所

概念図を見ればある程度お分かり頂けようが、主要郭間は全て堀切で分断されており、それも非常に見応えのある薬研堀(幅のある箱堀も存在)に近いものであり、判別し易い片堀切状の縦堀も含めると、軽く14本以上を眼にする事が出来るはずである。起伏に富んだ地形を活かした縄張りプランもさることながら、急峻な地形(山上郭は突出して急峻)を含めて、山城としての醍醐味の全てを兼ね備えた城跡の様には感じられた。まだ未訪の方には、是非、是非訪問をお薦めしたい、正しく推奨に値する城跡と言えよう。

45_dobasi_karahori_1

山上郭北側の土橋付き空堀見所

50_dorui_karahori_2 山上郭北の空堀土塁見所

47_dorui_gawa_heki 北側より山上郭壁

55_sanjyou_kaku_dorui 山上主郭の土塁跡?見所

33_dai_horikiri_2 山上郭の凄い!西大堀切

73_daihorikiri 73_daihorikiri_1 北郭の大規模な箱堀見所

81_1 北郭群

城跡へは国道176号より作山、蛭子山古墳群を目印として目指せば分かり易いとは思われるが、登城スタート地点は古墳群の真東に位置する「慈徳院」からなので、車は寺院駐車場に預ければ良いものとは思われる。見学ルートは概念図に示した二通りが分かり易いのでベストとは思われるが、城域が広いので全域踏破となれば時間も有する事から、時間に余りゆとりのない方には、寺院背後から丘陵上まで山道が繋がっている、最短ルート(5分内)で到達可能な、便宜上の西郭群(一城に匹敵)だけの見学をお薦めしたい。最初から山上郭を経由した、便宜上の北郭あるいは西郭群までの全域見学をしたい方は、移動に際しては起伏は激しいが、概念図中にある寺院からスタートしても神社側の堀切側からのどちらからでも良いとは思われる。個人的には多少時間はかかっても、南東最高所に位置する山上主郭を含めて、北側の尾根上の郭群の堀切の見応え、あるいは高低差のある直立に近い切岸の醍醐味は、半端なものではないとも思えたので、是非概念図に描いた北端までは、足を延ばして頂きたいと思うのが本音でもある。(ここまで見学しないと、この山城の本質は見えて来ない)

尚、この城塞群は堀切によって主要な郭は分断されてはいるが、当然全て含めて明石城跡として良いものとは思われる。しかし、これだけの城域をもった山城なので、便宜上の北郭群も西郭群(寺院側)も、地元で付けられた城跡呼称は個々にあるのかも知れない、、、 個人的には遠距離訪問でもあり、ここまでの城跡とは思ってもみなかった事から、追跡調査も及ばず、更に明確にする事も出来なかったが、どうぞ悪しからず。

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コメント

takuさま
今回の与謝野町遠征では当然ここも訪問しました。
凄いの一言で、広大さ、切岸の落差、堀切の落差等は大満足です。寺院の横には珍しく古墳としての説明版ありました。記憶が曖昧なのですが、5年前に国史跡に指定とありました。
嬉しくてうれしくて涎を垂らしながら、北城では城域をはみ出してしまい、少し迷いました。そしたら偶然にそこでは「明石城址」の説明版も見つけました。
そこでは地元の人にも声を掛けられました。

昨日客さんと夜の会合があり、いきつけの居酒屋で一杯やっていたのですが、私が与謝野町の明石城址を訪れたことを話したら、その城址看板前の家はその女将の親戚だそうです。だから声をかけたのも親戚の可能性は強い由。
思わぬ接点でびっくりしました。長い人生縁というのはあるなと改めて感激しました。 酒がうまかったです。

明石城に案内説明板があったとは驚きでしたが、再び同じ感動を共有でき、私もヒデさん同様満足感で一杯といったところでしょうか、、、
この城跡だけは、空堀や切岸の醍醐味、あるいは縄張りも含めて、これから先も絶対忘れることはないと思いますが、あのときの感動が今でも甦りそうです。
お酒もより一層味わい深いものになったとお察します。
自身、丹後半島における山城巡りは、しばらく遠ざかっておりましたが、まだ見ぬ城跡に二年ぶりにトライしてみようと思っております。

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