« 丹波和田城跡(京都府船井郡) | トップページ | 丹後においては屈指ともいえる巨大城砦 明石城跡(京都府与謝郡) »

2009年12月 5日 (土)

乙原城跡(兵庫県三田市)

城跡は三田市乙原(オチハラ)にあって、二本の川に挟まれた「天瑞寺」の背後にあたる、東西に長い丘陵上に位置しており、丘陵西端が主郭と見受けられる。当時は増田氏の居城が伝わるが、詰城とも窺える小規模な城跡なので、恐らく居住空間は別に存在するとは思われる。寺院付近がそうであるのかもしれないが、城跡情報も皆無に近い為に、推察の域は出ないものでもある。

城跡へ向うには国道176号を北上すればよいが、色んなルートが考えられるので、ここでは割愛させて頂くが、最終的には県道49号へ合流して、天瑞寺を目指せば難なく到達出来るものとは思われる。寺院からは概念図に示した様に、墓地背後を上り切れば直ぐにでも丘陵上に達する事が出来る。

1route 登城ルート

5 西より遠望

6_tenzuiji_1 天瑞寺(進入口)

3o 城跡概念図

ちなみに丘陵上は戦略的に考えても全て縄張りとは思われるが、確実に縄張りプランが見極められるのは、丘陵西端部に刻まれた明確に判別可能な堀切(縦堀に繋がる)土橋から西側であり、ここを虎口とした場合は、自ずと主郭として間違いないものとは推察される。主郭内部には大型の土塁壇が二箇所備わっており、櫓台機能の様にも窺われるものであり、唯一目を楽しませてくれてはいるが、他はこれと言った遺構も見当たらないのが現状でもある。結果的に丘陵上は西から東まで全域を踏破したが、東側の最高所まで自然地形に任せた削平地が繋がっているだけで、見応えのある遺構(堀切)には遭遇出来なかった。最初に触れた様に詰城の様相でもあり、本来の縄張りプランも、物見を兼ねた程度の安普請で構わなかったのかもしれないが、当時における増田氏の勢力も、この城跡を窺えばある程度想像出来そうにも思えるのである。

12_oku_horikiri

堀切側

15_dai_dorui_1 主郭大土塁

16_shukaku_1 主郭内の現状

10_higasi_kaku 東尾根TOP

城跡の評価としては、移動に難渋はしないが状態は非常に悪く(11月)、見学する価値のあると思われる箇所が、西端の主郭周りのみである事から考えても、個人的には敢えてお薦めはしないつもりである。今回のリポートでは興味のあった方への現況報告、あるいは城跡概念図が参考になったのであれば、これで良しとしたい。

« 丹波和田城跡(京都府船井郡) | トップページ | 丹後においては屈指ともいえる巨大城砦 明石城跡(京都府与謝郡) »

兵庫(三田~播磨地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

いつも楽しく 拝見させてもらってマス 川西のタツゴロ-デス。

己原城跡の近所で 森林伐採の仕事を しているんですが、

その山にも遺構らしきトコロが アリマスsmile

ょかったら 1度 寄ってみてクダサイね

TAKUです、何時も拝見して頂いているとのコメント、非常に嬉しく思うと同時に、これからの山城巡りにおける励みとしたいと思っている処でもあります。
三田周辺は城跡は多いのですが、その多くは住宅地が直ぐ傍まで迫っており、その多くは竹林雑木藪地、あるいは遺構が部分消失しているものが多く、非常に残念な部分となっています、、、、
タツゴローさんには外での作業とあって、これから益々仕事も厳しくなるものと予想されますが、怪我のないよう頑張って下さい。
今回は情報のご提供有難う御座いました、是非参考にしたいと思っております。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/32184655

この記事へのトラックバック一覧です: 乙原城跡(兵庫県三田市):

« 丹波和田城跡(京都府船井郡) | トップページ | 丹後においては屈指ともいえる巨大城砦 明石城跡(京都府与謝郡) »

無料ブログはココログ