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2009年12月29日 (火)

長峰城跡(京都市西京区)

城跡は京都市西京区大原野石造町にあって、当時でも今でも丹波まで抜ける事が出来る、旧道沿いにある「長峰寺」の直ぐ東側の丘陵上に位置しており、現在郭跡地とも見受けられる敷地の一部には、八幡神社の社殿が建立されている。城史に関しての詳細は不明

城跡へ向うには、出発地点によっては色んなルートが考えられるので、ここでは割愛させて頂くが、とにかく市道733号に入ることが先決となる。城跡はこの733号沿いに面しているので、ルート図を頼りに長峰寺あるいは八幡神社を目印として向えば、難なく辿り着けるとは思われる。尚、神社にも寺院にも駐車場は備わっておらず、車で訪問する方には当然自己責任に置いての路駐はやむを得ないだろう。(付近の道路は狭く、近くに有名な大原野神社がある事からも、中高年の方が山歩きを兼ねて周辺をぞろぞろ歩いているので、土日の訪問は少し避けた方が無難かも知れないが、探せば何とか見つかるはず)。

1_1 登城ルート

4_2 城跡進入路

1_2_2 城跡概念図

10_naka_kaku 社殿背後

11_shukaku_gawa 主郭切岸

14_isi_2 近世の石垣か?

16_higasi_gawa_kaku 主郭東側

13_shukaku 主郭の近年削られた跡?

26_kita_heki 郭北側の切岸

35_kitagawa_kyodai_karabori_3 空堀地形

現状(11月)城跡の直ぐ傍までは住宅地が迫っており、神社敷地も含めてどこまで造成地形改変があったのかは、見学者の判断に全て委ねられる状況にある。個人的にもこの地形から残存遺構を判別確認する事は不可能に近いとも思えたが、主郭に相当する郭跡の南切岸及び北側斜面の郭切岸、概念図に示した大規模な空堀地形だけは、一部当時のままの状態の様には見受けられた。櫓台とも思える主郭は、東側が少し鋭角に削られた跡がある事、あるいは土塁状の構造物に石垣が見受けられたことからも、形状は近世において相当改変が窺われるものであり、更に東側から南にかけて広がる、大規模な竹林地の一部も、内部に近世における石積みが残る事から、後世敷地を所有された方の屋敷として、造成された可能性は充分ある様には感じられた。西の社殿から寺院側は、削平地としてそのまま現在まで至ったような気がしないでもないが、、。

この大原野地区には、かつては低丘陵上を利用して多くの城跡(上羽城、灰方城など)が築かれていたと思われるが、現在の宅地化によって、ほとんどの城跡が半壊消滅したものと察せられる。この城跡はその中でも、比較的ましな状況にあると言っても良いとは思われるが、自分の様にかつての縄張りを知る術もない人間にとっては、この現状の地形から当時の縄張りを想像するのは至難の技でもあり、想像も付かないのが現状でもある。自作概念図に興味を示された方のみが対象となる城跡と思われた事からも、個人的には敢えてお薦めはしないつもりではあるが、小さいながらも八幡神社の佇まいには何となく惹かれたので、通りすがりに神社参拝ついでに寄る程度なら、決して無駄足には終わらないものとみた。

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