« 大村城跡(京都府南丹市) | トップページ | 百合西城跡(京都府与謝郡) »

2009年12月15日 (火)

中津城跡(京都府宮津市)

城跡は宮津市中津にあって、かつては栗田(クンダ)村として広域に渡る集落の一部であったものとされているが、海辺に面している中津集落の、直ぐ西側にある丘陵先端部がそれにあたる。当時は堀江伊予守の居城が伝えられており、現地で得た情報から察すれば、この人物はここから更に北側にある集落「小田宿野」周辺に本拠を構えた(場所は確定出来ず)とされる、小倉筑前守の配下にあった武将か、あるいはその一族の一人とも窺われる。ちなみにこの小倉氏は、上宮津城を本城とした小倉播磨守(一色氏の重臣)の一族でもあり、他の丹後の氏族と同様に、最後まで丹後攻略軍と攻防を続けたが、力及ばず主家と同様、細川氏によって滅ぼされている模様。更にこの小倉氏は、時代考証までは説明出来かねるが、丹波の細見氏(細見辻城主)出身とも伝わっているので、非常に興味深い話ではある。

城跡へは、宮津市内を走る国道178号より市道605号を経由して向えばよいが、中津集落付近からはルート図を参考にすれば、市道沿いからも直ぐ低丘陵は確認出来るはずである。進入口は画像に示したが、市道沿いにあるガレージ脇からは、郭跡を転用地とした墓地まで墓参道が繋がっているので、迷わず主郭までは到達出来るだろう。

Nakatu 登城ルート

8_tozanguti 進入口

Nakatu_2 城跡概念図

現状(11月)城跡は一部矢竹が密生している箇所もあるが、全体的に見学に差し支えるまでには至っていないので、概念図に示したまでの遺構は全て判別可能な状況にある。特別技巧を有した遺構も目に付かなかった事からも、縄張り妙味に満ち溢れた城跡とは言えないが、このほぼ当時のままとも見受けられる城跡の縄張りは、正しく賞賛に値するものでもあり、比較的見学し易い状況、あるいは進入口から5分とかからず主郭まで辿り着けるお手軽感を思えば、是非お薦め出来る城跡の一つと言う事にはなろうか。

13_minami_kaku2_1 南郭2

13_minami_kaku2 南郭1の切岸

17_higasi_kaku 東郭

26_shukaku_dorui_1 主郭背後の土塁見所

28_karabori 主郭北背後の空堀

18_shukaku_higasi_heki 主郭東切岸

31_hokutan_tatebori_2 北端の縦堀見所

自作概念図に示した様に、現存する遺構自体の見所が多い訳でもなく、見応えのある堀切(薬研堀)がある訳でもないが、個人的には遺構残存度の高い城跡の佇まいそのものが、城跡最大の見所でもあり、魅力である様にも感じられたのである。城跡は過去一般的に出版された文献などには記述もなく、ほぼ現地の情報だけを頼りにして臨んだのだが、ここまでの状態の城跡が拝めるとは、とても思ってもいなかったので、久し振りにアドレナリンの湧き出てくる訪城となった。尚、先に触れた小倉筑前守の城跡までは時間に余裕も無く、更に場所を特定する事も叶わなかったので、これは次回の山城巡りまでの楽しみとしたい。

« 大村城跡(京都府南丹市) | トップページ | 百合西城跡(京都府与謝郡) »

京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/32196070

この記事へのトラックバック一覧です: 中津城跡(京都府宮津市):

« 大村城跡(京都府南丹市) | トップページ | 百合西城跡(京都府与謝郡) »

無料ブログはココログ