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2009年12月 4日 (金)

丹波和田城跡(京都府船井郡)

この山城は昨年まで遡るが、城跡情報など多くの有難いコメントを提供して頂いているS氏より、現地道路脇に中世城跡跡として標柱の建っている場所がある事を紹介して頂いていたのだが、S氏もこの時点では場所も分からず、まだ未訪だとも聞いていた。個人的には好奇心からも、頭の中にはずっとこの城跡の存在はありながらも、長い間訪問機会を失っており、今回は福知山の山城巡りを終えた後の、余裕のある時間の中でやっと訪ねる事が出来た。現地では道路脇に城址標柱は確認出来たものの、城跡らしき場所も見当たらず、付近で農作業中の年配の男性に尋ねたところ、「世間では誰も知らない様な城跡をよく訪ねて来られた」と感心しきりの様子でもあった。更には作業の手を休めてまでも「自分も数十年振りに登ってみたいが、腰が悪いのでそれも出来ない」と言う事で、直登取り付き口までわざわざ付き合って頂いた。

城跡は京都府船井郡京丹波町大朴(オオボソ)にあって、ルート図でも分かる様に既にリポート掲載に及んだ暫定)和田城の直ぐ近くにあり(最近、垣内城と判明)、国道9号と国道173号の交わる「和田」交差点横にある「ローソン」からは、南西側に望める低山山上が城跡でもあり、直ぐ確認する事は出来よう。図中に示した公民館敷地に車を預ければ、ほぼ赤線ルートを辿れば山上までは難なく到達出来る(公民館からは7分内)とは思われるが、現在麓の一部を道路造成工事をしているので木も伐採されており、直登口は簡単に見つけられる筈(画像参考)である。

4 南より遠望

1ooboso_route_1 城跡の標柱

1ooboso_route 登城ルート

5tozanguti 城跡進入路

8_1 東削平地

11_shukaku 主郭

12_shukaku_nisi_karahoritikei 主郭西の空堀地形

14_naka_one_kaku_1 中尾根上の郭跡

16_nisi_gawa_onekaku 西側へ延々と繋がる削平地

ただ訪問結果として城跡遺構は郭跡(削平地)及び僅かに切岸が窺われる程度であり、縄張り形態も古く見応えのある城跡遺構は皆無でもある。東西数百mに跨る山上は全て郭跡とも見受けられる削平地となっており、城域は相当広いものであるが、全域にかけて地表風化が激しい事、あるいは倒木も多く荒れ放題である事からも、自ずと目に留まる遺構にも限度はある。個人的には大味な縄張り形態からも、南北朝期まで遡る城跡の可能性が高く、とても戦国期をこの状態(防備が手薄)で乗り切った様には思われなかった、反面この規模から考えれば、陣城と言った可能性も否定出来ないものがあり、後は見る者の想像と判断で楽しんでもらえば良いものとは感じられた。

地元の方による情報からは、「当時綾部城主の配下の居城であった可能性は高いが、現状明確に判明している事は皆無である」と言っただけのものでもあり、文献あるいは資料にも全く顔を出さない山城なので、これからもこの城跡に関しての情報は期待できそうに無いのが現実の様でもある。当時の史跡として訪れる分には、風情は味わえるかも知れないが、山城ファンにおいては流石に物足りなさは感じられる様には目に映った。

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