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2009年12月25日 (金)

高妻山城跡(京都府宮津市)

城跡は宮津市上司にあって、北近畿タンゴ鉄道「栗田」駅から望むことの出来る、西側に聳える山の山上に位置しており、その山麓の国道178号沿いには「龍源寺」があるので分かり易いとは思われる。当時の城主としては河島備前守宣久が記録に残されているが、この人物は、先にリポート掲載に及んだ中津山城の中の記事で触れた、小倉氏の一族とも聞き及んだが、情報は定かなものではなく、詳細は不明。ただこの「龍源寺」は宣久が開山したものでもあり、ここには現在でも宣久の肖像、あるいは所持品が多少残されており、住職にお願いすれば、それらは拝見させて頂けるのかも知れないが、確証はない、、、。

城跡へは中津山城を起点とすれば分かり易いが、そこからは国道178号を2km程度南下すれば、道路沿いに「龍源寺」は直ぐ確認出来るだろう。かつては山上郭の一部には「箕尾神社」が建立されていた事からも、画像に示した道路沿いの墓地から神社までは、旧参拝道で繋がっているので、山道に従えば迷わず到達出来るとは思われる(15分程度)。尚、この箕尾神社は中身の御神体が麓の住吉神社に移されているそうなので、現在では社殿(殻)だけが近年まで神社であった事を知る材料となっている。

1 登城ルート

8tozanguti 登山口

1_2 城跡概念図

12_kyoseki 尾根上の巨石、物見か?

18_karabori_dou 凄い土塁に挟まれた空堀道

21_yasiro_ato 社郭(東郭)

22_yasiro_nisi_kaku_2 社殿背後の郭跡

20_yasiro_kaku_yori_1 社殿跡地からの眺望

25_shukaku_1 山上主郭

26_kita_horikiri_dobasi 北堀切土橋

現状(11月)城跡は、かつて鎮座していた神社が移動している事からも、城山を訪れる人は皆無に近いものと見受けられ、郭転用地とも窺われた神社敷地を除いては、自ずと藪化も進行している状況にある。ただ詰城とも窺える小規模な山城である為に、複雑な遺構も見受けられず、当時における縄張りは、ある程度掴み易いものとはなっている。現状判別確認出来た遺構群は概念図に示したが、郭跡を除けば風化が進んで明確に判別はし辛いが、北側尾根を断つ土橋付き堀切、西側尾根も同様に明確ではないが堀切が窺える程度であり、山城としての醍醐味にも見応えにも多少欠けそうな気はした。しかし山城の縄張りとしての特徴でもある、尾根上に小郭らしきものが点在する様相は、山城としての風情は充分感じられるものであり、山上に至るまでの登山道中には、巨石を伴う物見風の箇所が窺えたり、尾根の両岸が巨岩を伴い崖になって、土橋状に見える山道を渡ったり、更に土塁で両サイドを狭めた(防備か?)深い空堀道に見える箇所があったりと、これらも当時の遺構として想像しただけで楽しめる要素でもあり、充分ロマンに浸れそうとも思えるのである。

旧神社跡からは直ぐ近くに若狭湾を望む事も可能であり、個人的には山登りあるいは山城探索の両方を楽しむ事が出来る事からも、自分を含めた険峻な地にある、楚々とした山城が好きな方には、取り合えずお薦め出来そうには思えた。尚、山上を詰城とした場合、麓には当然根小屋としての居住空間が予想されるが、この山城が小さな山上郭だけで終わるものとはとても思えない事からも、これから訪れる方には、未踏には終わったが、ルート図に記した辺りまで足を延ばせば、間違いなく本来の郭群が展開されている様には予想される。個人的には時間の関係で見過ごしてしまったが、北東尾根上に本来の中枢となる郭跡がある様に思えてならないのである。

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