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2009年11月22日 (日)

別府 城氏城跡(三重県伊賀市)

この城跡は既にリポート掲載を終えた、同じ伊賀市青山町(伊勢路)にある城氏城跡と同名でもあり、混同を避ける為に位置する地区名でもある「別府」を頭に付けて掲載に及んだが、距離的にも伊勢路の城氏城跡はここから東へ3km離れている程度なので、城氏の支城あるいは本城と位置付ければ良いのかも分からない。こちらの城氏城は、当時の記録としてフルネームで「城 八太夫」の名が挙がっているが、詳細は不明でもある。

城跡が位置するのは、近鉄大阪線「青山町」駅の直ぐ北側にある低山(丘陵)の東端で、国道165号からも直ぐ望めるので確認はし易いだろう、京阪神から向う場合は国道165号より青山駅を目指せば、迷わず付近までは辿り着ける。現地付近ではルート図及び概念図を参考にすれば、山上に向う山道は直ぐ見つかるはずだとは思われるが入山口から主郭までは5分強)、車は入山口に近い広い道路の角付近に路駐可能なスペースがあるので、自己責任において停めれば良いものとは思われる。

1route2 登城ルート

6 城跡進入路

3jo 城跡概念図

現状(10月)城跡は相当藪化は進行しており、移動に余り難渋はしないが、概念図に示した山上本郭群はとても醜い状態にある。特に便宜上の二の丸は、外見から内部を覗く事も踏み入る事も非常に困難な状況、土塁に囲まれた穴蔵状の主郭は何とか踏み入る事が可能な状態となっており、周囲を巡る土塁も穴蔵形状も明確に判別する事が可能である。他はさほど見学に支障は来たさない程度だと思って頂ければ良いだろう。

城跡の見所は山上本郭群の周りの全と言っても良いとは思われるが、伊賀にあっては掛田城、山村城、小鴨氏城などでも見受けられた、櫓台の土台とも思える穴蔵状の構造物は真っ先に挙げられる。先に挙げた三城も恐らく同じ機能として築かれたものだとは思うが、機能に関しては個人で想像を膨らませ、楽しんでもらうのが一番良いものとは感じられた。次に来るのは主郭を北から南にかけて巡る空堀でもあるが、これは比較的状態が良い事からも、充分観賞に耐えられるものとなっている。山上本郭群の規模はさほど大きいものではないが、三方に広がる尾根上、特に西側尾根上はかなりの広さで連続する削平地が窺われ、主郭に向かう為に通過して来た南側にも、草木が相当蔓延って郭形状までは把握出来なかったが、相当な広さの郭跡が見とめられた。

22_shukaku_dorui 22_shukaku_dorui_1 主郭穴蔵内部と土塁見所

26_nisi_karahori 西空堀見所

36_higasi_gedankaku_dorui 東郭の土塁見所

32_kitagawa_karahori_1 北側の土塁と空堀見所

37_higasi_karahori_1 東側の空堀

38_higasi_kaku_2 東出郭

低山ではあるが地形をフルに活用した縄張りプランは、城跡の形態としては山城のそれに近いものがあり、訪問するにおいてはお手軽感はあるが、状態が良いとは言えないので、一般の城跡ファンには余りお薦め出来ないが、伊賀の山城に興味のある方、あるいは山城ファンにおいては、覗いて落胆するような事は絶対に無い様には感じられるのである。

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