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2009年11月15日 (日)

夜久野 千原城跡(京都府福知山市)

城跡は福知山市夜久野町千原/下千原にあって、千原川となる二つの川に挟まれた形の丘陵上に位置している、この城跡はほぼ無名に近いが、訪問結果としてはほぼ完存とも見受けられる素晴らしい遺構残存度を誇っており、丘陵上の一部は、ある程度整備されていた様にも窺えるものであり、見学し易く状態も比較的良い事、あるいは縄張りも直線的で単純ではあるが、二箇所の大空堀で守備された形態は、非常に見応えが感じられるものであり、個人的にも是非訪問をお薦めしたい城跡の一つである。

城史に関しての詳細は不明ではあるが、古くは奥州より移り住んだ衣川氏の居城とだけ伝わっており、この周辺の集合墓地には、その子孫の方かも知れないが、衣川の名を刻んだ墓石が数多く見受けられた。 城跡へは国道9号を走れば「額田」交差点で南へ針路変更、後はルート図の如く集落(公民館)を目指せば、付近までは難なく辿り着けるだろう。現在、城山までは画像(概念図)に示したガレージ脇から、道標は無いが細い山道が城山まで繋がっているので、迷うことなく主郭までは到達可能である。尚、車はバスの旋回地となっている公民館には預けられないが、付近の市道を探せば路駐可能な空きスペースは多く見当たるはずである。

Tihara_1 登城ルート

10tozanguti 登城口

Tihara_2 城跡概念図

現状(11月)城跡は先に触れた様に、竹林地となっている東郭の一部を除けば、郭内は樹木も少なく見通しも利く事からも、非常に見学し易い状態にあるので、遺構の判別は容易い状態にあると言っても良いだろう。個々の郭規模が比較的大きいので、城跡規模も随分大きいものとも感じられるが、実際には縄張り総全長は200mにも満たないものであり、縄張りプランも単純なものではある。見所は何と言っても、主郭を挟んだ形で築かれた二箇所の大空堀に尽きるとは思われるが、主郭背後は薬研堀(堀切、前面は幅を持たせた空堀と、縄張りとしての工夫は充分窺え、主郭には判別し易い土塁が半周ほど巡っており、堀切壁ともなる大土塁と並んで、非常に目を楽しませてくれる様には感じられた。複雑な技巧を伴う遺構が見当たらない事からも、特別縄張り妙味を感じる城跡ではないが、民家が直ぐ傍まで迫りながら、5世紀を経た今日でも、ほぼ当時の姿のままで見学出来る状況にあるこの城跡は、正しく推奨に値する城跡とも見受けられ、城址案内板の一つでも設ければ、史跡見学者も含めた、多くの城跡ファンが見学に訪れる様な気はするのである。

22_3maru_2 三の丸

44_3maru_heki 三の丸切岸

24_karabori_nai_1 中央大空堀見所

31_shukaku_nai 主郭内

30_shukaku_dorui_1 主郭土塁見所

32_shukaku_daidorui 主郭背後の大土塁見所

35_daihorikiri_6 35_daihorikiri_5 大堀切見所

歴史の表舞台にも登場しない城主を持った、超マイナーな城跡ではあるが、現状から窺う限り、余り手入れのされていない山城(丘城)としては、遺構の判別し易さ、及び全体の見学し易さは群を抜くものでもあり、一般城跡ファンにおいても山城ファンにおいても、覗いて期待を裏切られる様な事はまず無いものと、目には映ったのである。尚、ルート図中にある東城と扇山城のリポートは、引き続き掲載予定

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コメント

私の先祖の城を取り上げてくださってありがとうございます。
感動しました。
特に城跡のイラストに感動しました。
現在は仕事上遠くにいるのですが,
登城口も丁寧に説明していただいているので,
実家に帰った折にぜひ行ってみたいと思ってます。
本当にありがとうございます。
本当に感動しました。

TAKUです、コメント拝見させて頂きました。
きぬさんにとっては、自身のルーツともいうべき城跡を採り上げさせて頂いた事で、とても有意義なブログに成り得たものと察せられましたが、私自身も数少ない山城ファンの方を対象としたブログの役割が、一般の方々のごく一部にまで及んでいた事を思うと、非常に嬉しくもあり、更に感動を頂いた次第です。
お陰さまで、私にとってはブログを運営して行く上での、更なる励みとも成り得ましたが、逆にこちらから「有難うございます」と、お礼を申し上げたいと思います。
帰郷された際には、是非一度立ち寄られてください。

ご返信ありがとうございます。
父親も歴史が好きなので,
このブログ記事を父親におくってやりたいと思います。
記事中にもありますが
衣川氏は奥州衣川が出自とされ
(たぶん嘘,ホラだと思いますが),
この間奥州衣川を出張の折,尋ねてみて,
衣川姓(「きぬがわ」と読むのか「ころもがわ」と読むのかはわかりませんが)をちらほら見かけて
「ひょっとしたら出自話もあながちホラでもないかも・・・」と感動したところでした。
しかしうちの先祖はこんな山奥で何をしてたのでしょうか(自分の本籍はここから山を下ったところにあります)。
山賊的な野武士とかせいぜい峠の関所守というところなんでしょうけど。
とにかく丁寧な解説に感動しました。
ありがとうございました。

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