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2009年11月21日 (土)

判明した城跡呼称

今までブログに紹介した山城の中で、自分自身では城跡として目星を付けながらも、無名で文献資料などには僅かな記載である為に、城跡遺構と明確に判明しながらも呼称が判明せず、所在地と城跡名が結びつかない山城が幾つかありました、その中で今まで止むを得ず、暫定あるいは仮名としてリポート掲載したものが、その後の追跡調査、外部からの情報、あるいは色んな資料に目を通した事によって、何とか城跡呼称を判明させる事が出来ました。

今回は今まで暫定、あるいは仮名としたものの中で、新たに公的に使用されている城跡呼称が判明した分と、城跡名を取り違えている可能性の高い城跡を二つお知らせしたいと思います。

1、京都府船井郡京丹波町和田にあって暫定)和田城跡としたものは垣内(カイチ)城跡1_3 Photo_5

08/11/3日掲載のリポート暫定)和田城は、既に垣内城として改訂済み 

尚、ルート図には記しましたが、本来の和田城と呼ばれる無名に近い城跡は、国道を隔てた南西側の山上に存在しており、既に訪問は終えました。この山城も世間では全く知られておりませんが、近日中にはリポート掲載に及びたいと思っております。

2、京都府亀岡市稗田野町鹿谷にあって千手寺城塞群の中で暫定)西山城塞南砦としたものは西山城跡1_2

Photo_4

3、京都府福知山市大呂奥谷にあって仮)桐村城砦跡か?としたものは奥谷城跡1route_2 Kita_betu_mine_kaku_2 Kita_betu_mine_kaku_1_3

この城跡は、「桐村城所在地判明」記事の中では少し触れたと思うが、ルート図に示した様に、現在城跡には神社が建立されており、その敷地一帯周辺を城域とすれば良いものとも思われるが、規模は比較的大きく、敷地内には良好に郭跡(削平地)が残っている。ただ近世においては造成地形改変があったものとも見受けられる事から、当時の状態は自ずと見学者の想像に委ねられる様には感じられた。隣接する金山城などとの山城巡りの一環として、少し寄り道訪問しても、決して無駄足には終わらないとは思えるが、、。

4、三重県伊賀市島ヶ原にあって(仮)恒矢南城としたものは高瀬城跡  尚、同じ大道地区にある恒矢城跡は、掲載において「恒」を「垣」と誤字している事が最近になって判明しましたので、改めて訂正のお知らせをしておきたいと思います。正確には恒矢(ツネヤ)城1r 3ka

5、京都市南丹市八木町北広瀬にあって、(仮)広瀬城としたものは北広瀬城跡

他にはまだ確証までには至っておりませんが、京都府福知山市川北の仮名)川北城跡としてリポート掲載した城跡は、城跡の南麓に山ヶ市観音堂がある事からも、この城跡は川北山ヶ市城跡(市の遺跡データにある事が判明)の可能性が高いものとも見受けられます。同じ川北地区には、ほぼ東側丘陵上に隣接していると聞いた川北上村城跡が現存している事からも、この城跡の規模から考えれば、自ずとその出城の可能性があるとは思われますが、この山ヶ市城跡の形態が、城館とした分類になっているのも確かであり、中々確信するまでには至っていないのが現状です。機会が何時訪れるかは分かりませんが、上村城跡訪問の際には、是非判明させたいと思っています。尚、訪問記事自体は変わりようがないので、仮名としたものが実際の城跡名と合致するまでは、そのままにしておきます。

城跡呼称を取り違えた山城は、京都府宮津市里波見にある高尾城跡京都府亀岡市稗田野町にある茶屋城跡で、前者は同じ地区で他に高尾城が隣接している事からも、高屋の「」と「」を取り違えて掲載していた事が最近になって分かりました。よって高尾城跡としてリポートしたものは、本来は高屋氏の拠った城跡、高屋城跡の誤りであったので、ここで改めて訂正したいと思います。

後者の茶屋城はまだ確証までには至っておりませんが、最近になって本来の茶屋城は、道路を隔てた反対側に位置していると言った情報を掴みました。現状の乏しい資料の中では、まだ確認も確証にも至っておりませんが、この明確に現存する規模の大きい城跡遺構は、別の呼称を持った城跡、あるいは他の支城とも考えられる事から、過去リポート掲載した茶屋城跡に関しては、これからも判明するまでは追求していきたいとは思います。しかし今回はほぼ別に同名の山城が存在している情報を得た事からも、紛らわしい事もあって、記事は一旦削除して、明確になり次第再び載せる事にしました。もちろん本来の茶屋城は、いずれにせよ探して訪れるつもりではおりますが、、、取り合えず今回は茶屋城を除いては、やっと呼称の判明に漕ぎ着けた城跡もあり、個人的には二歩前進と言った処でしょうか。

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コメント

ご無沙汰しております。丹波の渡辺です。最近は、仕事の都合でなかなか拝見することができませんでした。ところで、本日の表題ですが、「西山城塞南砦としたものは西山城跡」は、丹波の中世城郭によると西山砦となっています。また、茶屋城は、向かいの山ですが茶屋砦です。なかなか時間が作れずまだ丹波からでることができません。南丹市氷所にある氷所城は、まだ知られていませんが見ごたえのある城砦だと思います。一度訪城されては、どうですか。

TAKUです、どうもお久し振りです。
ご多忙中にありながらも、忘れずブログ拝見して頂き有難うございます。
最近の山城巡りの傾向としては、個人的に圧倒的に福知山の山城が多かったのですが、ここに来て南丹地区(口丹波周辺)にも再び眼を向けて訪問し始めました。氷所城に関しても場所が判明しましたので、丁度リストアップしたところでもありました。タイムリーなコメントを頂きましたが、内容によれば見応えのある城跡らしいので、今から非常に楽しみにしております。
私事ではありますが、今まで場所の確定が出来ていなかった園部の大村城に、つい最近やっと訪問する事が叶いました、渡辺氏にとっては既に訪問された城跡かとも思いますが、山城にしては非常に状態も良く、更に見応えもあった事から、充分な満足感に浸る事が出来ました。12月中にはリポート掲載に及びたいと思っております。

TAKU様 園部の大村城は、まだ訪れておりません。まだまだ、亀岡周辺の行っていない城(砦)がありますので、それらが終わったら各街道沿いに進んで行きたいと考えております。これからも、楽しみにしておりますので、よろしくお願いします。
 ところで、氷所城ですが、横堀が格子状に見えます。注意ですが、あの付近はイノシシがでますし、猟銃の音が時々聞こえますのでご注意下さい。

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