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2009年11月 2日 (月)

殿ノ奥城跡(京都府福知山市)

城跡は福知山市三和町ユリにあって、既にリポート掲載を終えた経ヶ端城跡からみれば川合川を挟んで真西の丘陵上に位置している。この川合地区には地元で聞いた話によれば、相当数の砦跡を含む城跡がこの地区を中心として四方に点在しており、中でもこの山城は名が語る様に樋口氏の本城であった可能性もあり、規模も一番大きいものとされているとの事である。別名「川合ユリ城」

事前に伺っただけでも、この山城の山裾から見える範囲においては、川を挟んだ直ぐ真向かいの丘陵台地にも伝承地としての屋敷跡、更に経ヶ端城跡の東山上には砦跡(削平地)、更に南側のタタズ城、北東の山上には日向(ヒナタ)城と聞いただけでも四城には達してしまう、恐らくこの山城からみればどれも砦規模、あるいは物見程度の城跡だとは思われるが、、、。戦国期の城主としては樋口加賀守の居城が唯一伝わるが、恐らく明智の丹波攻略軍によって落城したものとは察せられる、詳細は不明

1route 登城ルート

6 進入路

3ok 城跡概念図

城跡へは福知山へ向う国道9号を利用した場合は「芦渕」交差点で県道59号へ右折針路変更、後はルート図の如くユリ集落のバス停を目印として進行すればよい、県道沿いには路駐スペースも充分あるので、そこから北側に見える集荷所前を通過して配水施設に向いて上れば、その脇にある入山可能な簡易的な獣避け開閉扉は直ぐ目に留まる筈である。ここから栗林を抜けて山上を目指せば、かつての参拝道(郭跡に小さな朽ちた祠があった)には直ぐ合流できるので、迷うことなく山上までは到達(15分程度)出来るとは思われる。ただし現状(九月)栗林は収穫時期に入っているので、怪しまれない為にも収穫時期の訪問は避けた方が良だろう。個人的には時期的にも松茸山であれば訪問も断念する事は覚悟の上で赴き、幸運にも偶然栗林で出くわした土地所有者の了解を頂いて上ることが出来たが、時期さえ外せば敢えて了解は得ずとも良いのではないかとは思われる。

15_higasi2_kaku 東郭2の現状

16_sikiri_dorui それと分かる仕切り土塁

18_shukaku_higasi_karabori_tikei 空堀地形

21_shukaku_dorui 主郭土塁見所

25_daihorikiri 西堀切見所

26_nisi_yori_horikiri 縦堀へ

現状(九月)城跡は藪化も相当進行しているが、移動に困難するまでには至っておらず、山上における残存遺構はほぼ判別確認出来る状態にはある。長年の風化によって当然土塁などは原形は留めてはいないが、充分それと判別可能なものであり、現状では主郭西背後の二重堀切、主郭櫓台とした場合の土塁壇と土塁、僅かに地形から判別可能と思えた空堀仕切り土塁などが目に留まった遺構群になる。規模も山上本郭群だけをみれば100mにも満たないものであり、郭間に余り高低差の無いことからも、山城としての魅力あるいは醍醐味には少し欠ける様には感じられた。ただ自然任せで人の手が入らず、状態は悪いが遺構残存度は非常に高いものと目には映ったので、興味を持たれた方にとっては訪れても決して無駄足にはならないものとみた。

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